k-takahashi's blog

個人雑記用

紛争の戦略 〜50年前に書かれたゲーム理論の教科書

去年、「もっとも美しい数学 ゲーム理論」を読んで、21世紀になってゲーム理論ってそんな感じになっているのかと思ったのだが、こちらは半世紀前に書かれた古典的名著。
著者のトーマス・シェリングは、ゲーム理論の功績で2005年にノーベル経済学賞を受賞しているが、そのもっとも有名な著作が本作。

第一章では、この「紛争の戦略を」

  • 他者の行動に自分の行動を依存させることについての理論
  • 不安定なパートナーシップや不完全な対立についての理論

であると記しており、一言で言えば、「相互依存決定理論」なのだとしている。相手があるという状態でどのように意志決定をするのかについての詳細な分析である。

ということで、それこそ、大学の教養課程あたりで半年かけてじっくり学ぶべき本なのだが、例によって素人としてざっと読んでみた。読みの浅さは御容赦。(正直なところ、なんでこんな難物買ってしまったのか、とも思っている。)


一番強く感じたのが「コミュニケーション」の視点の強さ。
そのため、コミュニケーションがどの程度とれるのかの分析も細かく、まったくコミュニケーションが取れない場合についても検討・実験・分析をしている。そんなときに選ばれるのが「フォーカルポイント」(一般には彼の名前をとってシェリング・ポイントと言う)。
他にも、コミュニケーションに制約がある場合、その制約がどのようなものか、どの程度信頼できるのか、「自分が思っていると相手が思っていると自分が思って……」という例の堂々巡り的な問題の捉え方も繰り返し登場する。


例えば脅しとは何か?

脅しは、自分の行動パターンを相手の出方次第で決めるという意味において、コミットメントとは異なる。コミットメントは行動の軌跡を固定するものであるが、脅しは、反応の軌跡、即ち相手に対する応答の軌跡を固定するものである。コミットメントは、ゲームで先手を取って有利になろうとする手段であるが、脅しは後手のための戦略へのコミットメントなのである。
したがって、脅しが有効であるのは、相手プレイヤーが先手を取るか、もしくは相手プレイヤーに先手を取らせることができる場合に限られる。(pp.128-129)

こう定義した上で、「脅しの裏にはある種のコミットメントが必要」(p。129)という分析が続く。
なお、約束と脅しの違いについては、

約束はそれが成功した場合にコストがかかるが、脅しはそれが失敗したときにコストがかかるからである。(p.183)

という説明もある。


また、一般の入門書と比べて、個々の問題の掘り下げが格段に深いのも印象に残った。
第5章では、通常のゲームマトリクスを、コミットメントする/しない、脅す/脅さないという選択肢を考慮することで表が「拡大」するケースを説明している。簡単なマトリクスで表現されていた状況がみるみる複雑化していく様子が描かれている。
ランダムな選択も、単に相手に手を読まれないというだけでなく、ランダムな選択であることをコミットすることでお互いの利益を増加させる場合もあるということも示している。


書かれたのが冷戦時代であり、著者自身が当時の政策決定に関与する立場にあったこともあり、相互不信の状態での抑止をどのように捉え、実行するのかという分析も興味深い。
お互い、「相手が奇襲をかけてくるのではないか」という不信を持っているとして、そういった「相手の恐怖心に対する恐怖心が相互に奇襲攻撃の可能性を乗数的に増やす」ということが本当に起こるのか?(第9章)、「軍縮が安定をもたらすといったことは自明の結論でない」(p.246)といった分析も、事細かになされている。


当時の強烈な現実(核抑止)と強くリンクしていた問題について、相互の関係(コミュニケーションをどのくらい取れるのか)や取りうる手段について細かく分析している一冊。相手というものを強く意識した意志決定のモデル化が徹底して行われたのだろう。そして、おそらくはこれをソ連に伝えることについても相当の努力が払われたのだろうな、と思った。


ちなみに、シェリング

白人と黒人が隣同士で暮らすことに抵抗がなくとも、いつの間にか白人が多く居住する地域と黒人が多く居住する地域に分かれてしまう

という問題の分析でも知られている。("Dynamic Models of Segregation")