k-takahashi's blog

個人雑記用

小惑星探査機はやぶさ

技術よりも脅威だったのは、「年度末」という三文字だった(p.127)


川口PMの手によるはやぶさ本。180ページ全カラーなんてのが1000円未満になるのは、流行の本ならではなんだろうな。見開きの左下には、地球、イトカワハヤブサの位置がぱらぱらマンガ風に書かれている。


ハヤブサプロジェクト全体の流れについては今更言わなくても知っている人が多いだろうが、本書は、川口PMの目から見ての様々な情報が書かれているところが面白い。以下に幾つか引用。


打ち上げ後に、イトカワに向かっている頃の話

最初は毎週火曜日に新たな指令を書き込むためにイオンエンジンを停止させ、慣性飛行させていたが、厳しいスケジュールの中、すぐにそのような余裕は無くなり、運転しながら姿勢を変えたりということが日常になった。
(中略)
往々にしてなぜか週末に自動停止してしまい、そのたびに週明けに急いで出勤して軌道計画を作り直すこともほとんど日常的だった。(p.53)

週末勤務したりはしていなかったのか、と変なところに感心。


リアクションホイール故障(1つめ)の影響について

化学エンジンを実際にごく短時間噴射させる実験を行ったが、結果は芳しくなかった。短時間噴射が一応採用され、一定の効果はあったのだが、十月に入ると地球に送られる観測データの量は激減した。(p.86)

姿勢が安定しないということは、ハイゲインアンテナが使えないことを意味する。はやぶさは設計の割り切りの都合でアンテナを独立させて動かすことができないからだ。アンテナの制約はハヤブサプロジェクトの困難のときに何度も顔を出している。


リハーサル中に獲得した技術について、こんな記述がある。

地形航法という新たな方法をNEC航空宇宙システムの白川健一さん達の提案をもとにして見つけることができた。原理としてはこれまでのものと同じだが、制御・管理の処理速度が全く異なっていた。これは、「はやぶさ」を通じて獲得した技術でいちば大きなものであり、詳細を書くことはできない。それまでは精度優先と思い込んで計算機処理で答えを出す方式にこだわっていたのだが、ここに一見矛盾するようだが、人間による処理を入れtなおだ。これで処理が爆発的に早くなった。この技術は、我が国がアドバンテージを発揮できる部分であり、逆に他国が今後、小惑星探査をする際に大きな壁になるだろうと思う。

心強い話ではあるが、逆もまたしかり。例えば30年以上飛び続けるボイジャーが積み重ねているノウハウもまた。


イオンエンジンの連動について。

こう書くと、あっさりできたように見えるが、イオンエンジンチームがトライしたのは、最初は、AとDとの連動だった。これは期待とは裏腹に、うまくいかなかったのである。チームは落胆した。しかし、そのときのエンジン、中和器のふるまいをみると、微かに連動運転にうごきかけた形跡があった。彼らは、組み合わせをAとBに変えてリトライし、それで連動運転を確認したのである。(p.141)

成功の裏には様々な試行錯誤があったわけだ。

そして、連動運転のリスクについても以下のようなことを書いている(pp.142-143)

  • 消費ガス量・消費電力ともに2倍になる。
  • マイクロ波の半分が使われずに反射して戻るので、温度上昇によるはやぶさ全損の可能性があった。
  • イオンエンジン2機を動かす電力はギリギリだった。電力が不足したときにシステムダウンする前に、エンジンを切れるかどうかはっきりしなかった。

まさにやってみなければ分からない状態だった。

今なら技術を伝えられるのに、タイミングを逸してしまうと、伝える時間も手段も無くなって風化していく。真っ暗な運用室は、その象徴なのだ。(pp.171-172)

先日、はやぶさ2の発表があったけれど、本書が書かれた時点では目処が立っていなかった。長期ビジョンの欠如はなんとも。