k-takahashi's blog

個人雑記用

SFマガジン 2009年11月号

S-Fマガジン 2009年 11月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2009年 11月号 [雑誌]

 初訳の短編が2つ、採録が2つ。あとはコラムと作家・作品紹介。なかなかうまい取り合わせで、個人的には未読だった「コーラルDの雲の彫刻師」が面白かった(SF性はそれほど高くないかもしれないが)。 SF性では「太陽からの知らせ」が普通にSFかな。同じ「遁走」でも全く別の料理法もできると思うが、「トリップにもにたバラード的ユートピアの幻視」(柳下氏の解説より)とはうまく言ったものだ。

 さらに、牧眞司氏の「バラード読書ガイド やさしいバラード」も面白い。

  • 内宇宙って、いったいどこにあるんだろう

ひとは風景を見ているとき(あるいは生きているとき)自分は「内」側から「外」側を覗いてると思わないだろう。ただ、そこにいると感じているだけだ。さらに、これはそう頻繁に起こることではないけれど、ある瞬間に眺めている対象との距離が消え失せ、自分と世界がわかちがたく結びついていると感じるときすらある。 ”内宇宙”とは、せんじつめればその実感だ。

  • 定石を捨てよう、コードをはずそう

バラードの作品のほとんどにおいて、ひとりの主人公(視点人物)以外は、奥行きのある心性を備えた人間というよりも、自然・欲望・観念の化身として立ち現れる。ざっくりとまとめれば、『楽園への失踪』のドクター・バーバラは、『結晶世界』の結晶化する森のような、風景の一部なのだ。

  • さあ、健忘症になりなさい

「記憶を失い」あるいは「健忘症をわずらう」とは、予断を持たないということだ。自分がだれか、ここがどこか、車輪とはどういうものか、そうした知識(先入観)を振り捨て、虚心に眺めて考える。


 でも、濃縮小説は、やっぱりよく分からない。