- 作者: サイモンシン,Simon Singh,青木薫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/05/30
- メディア: 文庫
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シンの本も非情にエキサイティングだったし、数学ガール→サイモン・シンの順番で良いのだとも思った。
x^n + y^n = z^n
この方程式はnが2より大きい場合には整数解を持たない。
というもの。nが2の場合は、ピタゴラスの定理である。
そして、はた迷惑な書き込み
私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。
でも知られている。
本書では、このフェルマーの思わせぶりな書き込みが、この問題に限らず多用されていたことを説明している。そうしたフェルマーの書き残しをきちんとした証明にする仕事は以後営々と続けられた。そして最後に残ったのがこの予想だった。
本書は、ある定理が重要であるかどうかは
- その定理が普遍性を持つか
- 数同士の関係について深い真理を明らかにしているか
で決まるとしている。フェルマー予想は20世紀になるまで、非常に面白い予想ではあるが、この条件を満たさないと思われていた。
それが数学の根幹に関わる問題になっていったのが20世紀。「谷山=志村予想」が証明されれば、フェルマーの最終予想が成り立つことが分かったのである。そして、この「谷山=志村予想」は20世紀の数学の成果に大きく貢献していた。「もし、谷山=志村予想が成り立つならば、以下のことが成り立つ」という成果が山のように提出されていたのである。
つまり、もしフェルマー予想が偽ならば谷山=志村予想が成り立たない、20世紀にもたらされた数学の成果の少なからぬ部分がパー、ということが分かったのである。
このあたりの流れを丁寧に解説してくれている。
フェルマー予想は、色々な制限付きでなら証明されていた。しかし、定理というからにはすべての場合で成り立つことを証明しなくてはならない。シンはこんな例を紹介している。
オイラーは、フェルマーの方程式に似た次の方程式には自然数解が無いと主張した。
x^4 + y^4 + z^4 = w^4
ところが、1988年になって、ハーバード大学のノーム・エルキースが次の解を見つけたのである。
2682440^4 + 15365639^4 + 18796760^4 = 20615673^4
だから、きちんと証明できるまでは定理として扱うのは危険である、と。
そして、アンドリュー・ワイルズがこの問題と取り組むにあたり、どのような苦労をしたかも克明に示している。この問題は有名であるがゆえに、周囲からのノイズも多く、また最後の一歩を我が手にと狙うものも多かったのだ。
証明に問題があると分かると、何十、何百、何千もの人たちが私の注意を逸らそうとしました。あんなさらし者のような状態で数学をするのは私のやり方ではないし、噂に取り巻かれての数学は少しも楽しめませんでした。(p.404)
もしも欠陥のある状態で論文を公表したりすれば、欠陥を修正して証明を横取りしようとする人たちから質問や説明が殺到し、ワイルズ自身が証明をする妨げになるばかりか、解決の糸口を他人に与えてしまうことになるだろう(p.407)
ごく少数の協力者(および論文の査読者)との最後の努力の部分は、本当に神経にきつかっただろうなと思う。
橋
本書の300ページにこんな記述がある。
橋には莫大な価値がある。橋が架かれば、別々の離れ小島に住んでいた数学者同士が、互いにアイディアを交換し合ったり、相手の作り出したものを詳しく調べたりできるようになるからだ。
(中略)
谷山=志村予想は、二つの島を結んで住民達を交流させるというすばらしい可能性を持っていた。
(中略)
この予想は、モジュラーの世界では簡単なことが、楕円の世界では深い真実になり、その逆もまたいえるというありがたい特徴をもっていた。さらに言えば、楕円の世界では難しくて解けない問題を、このロゼッタストーンを使ってモジュラーの世界に翻訳する。そして、モジュラーの世界でアイディアとテクニックを見つけ出すことができれば、楕円の世界でもはじめの問題が解けてしまうのです。
この「二つの世界を行き来する」という視点は、数学ガールでも楽しげに使われていて、この部分をよんだときにすぐに思い起こされた。
ただ、そのためのワイルズの研究が他者との交流をある意味で遮断する方法で実現されたのは、ちょっと皮肉っぽい話でもある。
*1: 数学ガール/フェルマーの最終定理 (数学ガールシリーズ 2)