インテリジェンス―国家・組織は情報をいかに扱うべきか (ちくま学芸文庫)
- 作者: 小谷賢
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/01/01
- メディア: 文庫
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そんな中、本書はインテリジェンスの位置づけ、歴史、現状、日本にとっての課題、などを手堅くまとめており、安心して薦められる一冊。
なるべく日本の事例を取り上げるよう心がけた。また秘密保全については、議論するまでもない前提ということで、欧米のテキストではあまり扱われないが、我が国ではこの点についても言及しておく必要があると思い、秘密保全や法律の問題にも稿を割いている。さらにインテリジェンスの倫理の問題や国際的なインテリジェンス協力については、学会などでもごく最近になって議論されていることであり、できるだけそれらを盛り込むようにした。(あとがき、より)
中国のハニートラップ絡みで日本人も何人か死者が出ているが、そのハニートラップは、諜報活動全体においてどのように位置づけられ、また過去に起こった問題としてはどういうものがあるのか。日本はスパイ対策の法律が未整備であるが、それは現在のインテリジェンス環境においてどのような問題を起こしているのか。そういったことに整った説明をできる人は多くはないと思うが、そういったことが、きちんと書かれている。
また、昨日、統計リテラシーを扱った本について書いたが、統計というツールを使う際の大きなポイントは「何のために何を調べるのか」をきちんと考えておくことだった。
インテリジェンスも同様で、「何のために何の情報が必要か」を情報を使う側がきちんと考えることが大事で、そういう「インテリジェンス・サイクル」も、その問題点も含めて説明されている。
但し、内容がしっかりしている分だけ、いわゆる「すっきり感」は無い。
インテリジェンスを軽視し事件を見落とし、だからと言って反応を早くしすぎると誤報になってしまう。
インテリジェンス機関と政治家との距離が遠いと折角の情報が生かせず、だからといって近づきすぎると今度は情報が歪む。
インテリジェンス機関の監視は民主社会にとって必要だが、だからといって監視を強め過ぎると敵対組織を利する。
専門家でなければそもそも何を調べれば良いのかすら分からないが、一方で情報分析の大敵が専門家の先入観である。
まさに、正解の無い問題への取り組みであることも分かる。
インテリジェンスについては「日本には無理」という言説を時々目にすることもあるが、それに対しては、
日本のインテリジェンス史を辿っていけば、日本人が先天的に情報に疎かったというわけではないことがわかるはずである。古代から日本は朝鮮半島情勢や大陸の動向に敏感であったし、戦国時代には各大名が情報を駆使して有利に戦おうとした。鎖国体制下の江戸幕府も海外情報を熱心に収集していたのは既述した通りであるし、幕末から明治にかけても政府の中枢は情報の重要性をよく認識していた。
つまり日本が国家インテリジェンスの世界から離れていたのは戦後の一時期だけのことである。戦後日本がインテリジェンスにあまり手を染めてこなかったために、いまとなってはそれができないような印象を持たれているが
(p.265)
と書いている。前大戦の諜報の分野で日本が失敗したのは事実だが、情報の世界で成功と失敗を重ねたのは別に日本だけではない。
だから、最初から諦めたりするのは変なのだ。
インテリジェンスについては、変な本やウェブ記事を時々目にするが、そういうのに興味があるならまず本書をざっと読んでおくことをお薦め。良い教科書だと思います。
著者の小谷賢氏による記事として
国家や組織は情報をいかにして扱うべきなのでしょうか。インテリジェンスに関するホットな議論を、情報史の第一人者である小谷賢さんに解説していただきます。
情報機関は必要なのか?――インテリジェンスに関するジレンマ【第1回】:小谷 賢 | 考えた | ジレンマ+
があり、本書と重なる部分も多いので、まずはこちらを。