k-takahashi's blog

個人雑記用

司政官 全短編

司政官 全短編 (創元SF文庫)

司政官 全短編 (創元SF文庫)

 眉村卓のライフワーク、インサイダー文学の金字塔である「司政官シリーズ」。短編7作、長編2作からなる司政官シリーズの短編7作を1冊にまとめたもの。昔ハヤカワから出ていた「司政官」「長い暁」の2冊の短編集を1冊にまとめたものでもある。本書ではその7作を発表順ではなく、物語世界内での時間順に並べてある。これにより、司政官というシステムの変遷が分かりやすくなっている。一方で、発表順とは異なるので、眉村卓自身の変遷を追うにはちょっと不向きだが、そこは解説でカバー。


 短編集とはいうものの、冒頭の「長い暁」は200ページ以上あり、ちょっとレイアウトをいじってしまえば薄手の文庫なら1冊になるくらいの量がある。これが短編かとも思うが、何しろ長編は3分冊、5分冊という分量だから、司政官シリーズとしては短編になってしまう。

 地球人類が宇宙に進出し、数多の植民惑星からなる広大なネットワークを築いている時代。各植民惑星を征服した連邦軍の軍政が、自由を求める植民者や現住者とのあいだに摩擦を生み、その軋轢が限界に達したとき、連邦経営機構は軍政に代わる統治制度を設けた。それが司政官制度だ。司政官とは連邦から植民惑星に派遣される官僚であり、惑星統治の技術を徹底的にたたきこまれた専門家である。その死生観がロボット官僚群を駆使して惑星の統治にあたるのが司政官制度であり、司政原則と呼ばれるその理念を端的にいうならば、「植民者を守り、現住者と融和させ、その世界にふさわしい文明を作り出す」となるだろう。しかし、この司政原則そのものが矛盾をはらんでおり、時間の経過とともに新たな問題を生み出していくのだった。(解説より)

 アウトローに対するインサイダー。物語を創るならインサイダーよりアウトローの方が作りやすい。インサイダーのストーリーはその特性上、セミドキュメンタリータッチなものが多く、彼らを取り囲むものの現実性が彼らの本質を見づらくしてしまうことになる。(読者もまた現実と繋がっているから)
 しかし、SFであるならば、SF的方法論によって「取り囲むもの」のリアリティを保ちつつ現実世界との繋がりを薄めることができる。そうすればインサイダー的な本質を描き、読者に伝えることができる。それがインサイダーSF。


 また、異世界SFとしても面白い作品揃いである。2年に1度、惑星全体の原住民が一斉にコロニーの移動を行う星(扉のひらくとき)、金属濃度が極端に高いためやがてどの生物も皮膚が金属化して死んでしまう星(限界のヤヌス)、既に滅びてしまった種族が作った厳格なタブーシステムを維持するロボット惑星での交渉(照り返しの丘)。上述のように、ここで手抜きをするとインサイダー文学たりえなくなってしまうわけですから、どの作品でも興味深く記述されている。


 自身も優秀であり部下も優秀だが、変わった世界で軍や植民者や原住民の勝手な思惑に対応しなくてはならない、官僚機構の枠の中で最善を尽くさなくてはならない専門家、司政官。これを、馴染みのない業界用にクライアントの勝手な思惑に対応する会社員としての技術屋と書くと、色々と身近すぎる話かもしれない。
 なお、司政官の英語タイトルは "Administrators"である。このエントリーが「課長の教科書」と同じ日にあるのは意図したもの。両方読むと、多分、面白さは増すと思う。


 本書が売れれば、長編の方も再版かかるかな。両長編とも普通には入手できない状態だから期待したい。
両長編とも「司政官としての全権限と全責任において命令する」(扉のひらくとき、より)とは遠く離れた落日の司政官を描く小説だけれど、できればきちんと全部読みたい。