- 作者: 瀬名秀明,鈴木康夫
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/12
- メディア: 新書
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ちょっと不謹慎に聞こえるかもしれないが、インフルエンザがいかに面白いものであるかがよく分かる。 NHKのまともなチームが本書を映像化すれば、世界に売れるコンテンツができあがるだろう。
例えば、ウマインフルエンザの話。恥ずかしながら、それがどんな事件であったのか私は全く知らなかった。2007年に発生したウマインフルエンザのアウトブレイクの話なのだが、検査、感染、対策、などが丹念に語られる。発熱馬が急増し検査が追いつかなくなったり、予防や押さえ込みの考え方の違いがあったり、競馬を中止することの経済的影響があったり、まるで昨年の5月頃のインフルエンザ騒動の写し絵を見せられているようだ。
また、インフルエンザの感染の仕組みも、それがどういった経緯で獲得された知識であり、現在どこまで話が進んでいるかなども丁寧に解説される。その上で発病や薬剤のメカニズムの説明が行われる。インフルエンザの重症化のメカニズムの背後には、インフルエンザ増殖のメカニズムがあり、そこに生物の進化の痕跡が見えたりもする。
さらに感染や潜伏のメカニズムの背景には、生態系や人の暮らしまでが関係してくる。この辺りの説明も面白い。
他にも、インフルエンザのサンプルの収集、変化系統樹の作成、コンピュータによるウィルス変化の予測、家族間の感染では圧倒的に親子兄弟間が多く夫婦間が少ないこと(インフルエンザへのかかりやすさが遺伝に関連していることを示唆する)、抗原循環説という誤った仮説の悪影響、といった話題が山盛り。
社会がインフルエンザとどう対峙するか、という点からも様々な内容が記されている。
問題対処の3分類として、「真理へと至る対話」「合意へと至る対話」「終わらない対話」というモデルは面白いと思った。「真理へと至る対話」は科学的知見の集約によって結論を出すための対話で、公衆衛生ルールなどが該当する。これがすべての基礎となる。「合意へと至る対話」は専門家だけで決着させられないもので、ワクチン接種ルールなどが該当する。根拠は示せてもそれだけでは結論に至らない。「終わらない対話」とは、結論が出ない話である。
瀬名は、このフェーズを混ぜるとコミュニケーションの道筋を見失うとしている。このとらえ方は、温暖化問題とかにも適用できそう。
この観点があるので、瀬名の書き方は全体に慎重なものになっている。前橋レポートに関しても「前橋レポートの評価は、いまも定まっていないようだ」と書いている。もっとも、その直後には、
ただ、この1994年の時期にも、小児のインフルエンザ脳症は数十例認められている、喜田は、少なくとも脳症はワクチン禍ではなく、インフルエンザウイルスの感染によるものであることがこのとき皮肉にも明らかになったのだ、とあとに考えるようになった。(p.452)
とエビデンスベースのフォローは入れてある。そして、さらに「全粒子ワクチンとスプリット型ワクチン」「粘膜ワクチン」などの情報も入っている。
本書の最後には厚労省の新型インフルエンザ対策推進室の高山義浩補佐のインタビューが掲載されている。5月8日に成田の検疫で見つかった4人への対応の意味(メキシコでは重症率が高い、欧米では低い。では日本人はどうなのか。その情報を得るためには彼らをきちんと管理する必要があった。そして、彼らが軽症であることを根拠に検疫体制の変更を決定できた。)、現場を知らないという言葉の意味(自分の現場感覚を違う場所に持ち込むことが問題。個々人が言う現場というのはたいてい非常に狭く、そして管理・支援も管理・支援という現場であるという視点が見落とされがちなこと)、「指定」「指定解除」の持つ意味合い(指定を解除すると備蓄タミフルが使えなくなる。指定時にのみ放出するという条件で安く購入したものであるから。ここをいい加減にすると社会が混乱してしまい、対策の意味がなくなってしまう)、などが解説されている。書かれてはいないが、上述のコミュニケーションフェイズ分けが見事に失敗していたことが分かった。
何部売れたのかは知らないけれど、インフルエンザ問題だけでなく、社会について何らかの関心があるなら読んでおくべき一冊だと思う。ただ、ちょっと内容が難しいかなとは思う。もっとも、それでなくても厚い(500ページ)あるのに、噛み砕いたら何ページになるか分からない。この辺は値段とかとの折り合いもあるからなあ。