k-takahashi's blog

個人雑記用

華竜の宮 〜司政官シリーズの続編として

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

『魚舟・獣舟』と同じ背景世界を持つこちらは長編小説。環境異変が起こり世界に多くが水没したあと、その環境変異に適応した社会での事件を描いている。
ウォーターワールド風の水没世界(あそこまで極端ではなく、陸地も残っている)だが、環境激変に対応するために遺伝子工学を大々的に活用している。混乱期に作られた生物兵器の残滓、海上生活に特化した海上人など。
大道具としてはプルームテクトニクス理論を用いており、コンピュータシミュレーションを多様するところとかは今風。


世界背景としては、大規模水没が一区切り付き人口も増え始めているという状態。人が増えれば色々と問題も出てくるわけで、その一環として区画整理のような話も出てくる。
まだ、人が増えたのをまかないきれるだけの社会基盤がなく、それは海上民も同じ。実際、集団を維持できるだけの豊富な海産物が取れるところというのは、ある程度管理された場所になってしまい、当然ながら許容量というものがある。また、海上民の出す排水も、規模が大きくなってくると公害レベルになってしまうことがほのめかされている。


主人公は、日本政府の外交官、青澄。アジア海域での海上民と地上政府との軋轢を調整するのが彼の任務。彼は、同地域の海上民のリーダー・ツキソメに対して、日本国籍を取得するよう説得しろという命令を受ける。当然ながら、国籍取得を嫌う海上民の方が多いため交渉は難航が予想される。そこで彼は、国籍取得とワクチン接種だけをセットにし、納税については交易ステーションの収益だけで採算がとれるようにするという策を考え出し、関連部門の説得に着手する。


ということで、主人公の立ち位置から私が連想したのが「司政官」。もちろん、世界設定上、形式的ながらも絶大な権限を与えられている司政官と、末端外交官でしかない青澄とは全然異なる立場だが、異なる環境を理解し、異なる文化を理解し、彼らを最大限守ろうとしつつも、官僚組織の倫理も守らなくてはならないというジレンマは同じ。もっとも、青澄は司政官に比べると遙かに直情的で活動的ではあるけれど。

同様に司政官的立場にいる人が、本作には多数登場する。彼らの多くが特殊なコネ・特殊な出自を持ち、複数の立場を理解する人たちである。そういう人たちの経歴や活動を通じて、この世界の陥っている困難が描かれている。複数の立場の間に立つ人がいなければ、あとは戦争(闘争)あるのみ。それを避けたいという人の言動を通じて異世界設定そのものが楽しめる上手いやりかただと思う。



というお膳立てをした上で、後半には次なる大災害を繰り出してくる。その大災害への対応は、SFでは昔からあるアイディアではあるけれど、災害の激甚さに応じた激烈なもの。うまくまとまっていると思う。


本作を複数の立場の間に立つ人たちの群像劇と捉えると、獣舟の辺りが手薄になっている。SFマガジンの短編には、その辺も少し書かれていたけれど、本作ではあまり書かれていなかった。これは別枠なのかな。


あと、主人公青澄にはマキというサポートAIがいる。秘書業務や情報収集に始まり、健康体調管理から果てはメンタルアドバイスみたいなことまでしてくれる存在で、往々にして本人とは逆の性格に見えるようになるとされている。(本人を補う立場だから、という理屈) 
この人とアシスタント知性体のペアが海上民の双子性と何か関係があるのかな、だとすると獣舟の位置づけは、みたいなことを考えながら読んでいたのだが、その辺はあまり書かれていなかった。(タイフォン隊長のように両方使う人もいるのだが。)
そこのあたりを書いた中篇が読んでみたい。