k-takahashi's blog

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サイエンス・インポッシブル

サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か

サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か

 金子隆一氏の新世紀未来科学*1という本がある。8年前の本だが、当時の先端科学の状況をSF混じりで捉えたもので、一言で言えば、「科学はどこまでSFに近づいたか」という視点で書かれた科学書だった。
楽しさの種類という点で、金子氏の本に非常に近いと思うのがこの一冊。サブタイトルは「SF世界は実現可能か」であるが、金子氏の著作で「ファーアウト物理」とまとめられていた項目が多く、生命科学、環境、情報といった分野は入っていない。


 つまり、「ちょっと考えて、とてもできそうもない」ものばかりが対象になっている。ところが著者のミチオ・カクは、この「できそうもない」をまず3種類に分類する。

  • 不可能レベルI。現時点では不可能だが、既知の物理法則には反していないテクノロジー
  • 不可能レベルII。物理的世界に対するわれわれの理解の辺縁にかろうじて位置するようなテクノロジーだ。かりに可能だとしても、実現するのは数千年から数百万年もさきのことかもしれない。
  • 不可能レベルIII。これは既知の物理法則に反するテクノロジーにあたる。もしこれが本当に可能になったら、物理学に対するわれわれの理解が根本的に変わることになる。

本書が扱っている項目は以下の15項目。

  • フォース・フィールド
  • 不可視化
  • フェイザーデス・スター
  • テレポーテーション
  • テレパシー
  • 念力
  • ロボット(AI)
  • 地球外生命とUFO
  • スターシップ
  • 反物質と反宇宙
  • 超光速
  • タイムトラベル
  • 平行宇宙
  • 永久機関
  • 予知能力

このうち「レベルIII」は最後の2つだけ。あとは全部「可能だろう」というのである。


 本書では各項目について、何を実現するのか、現状はどうなっているのか、というところから丁寧に説明している。そして、どうやって実現するのかを解説している。例えばフォース・フィールドだとこういう結論になっている。

結局、SFによく書かれているようなフォース・フィールドは、宇宙に存在する四つの力の記述とは一致しない。だが、プラズマ・ウィンドウと、レーザーのカーテンと、カーボンナノチューブと、光色性とが生み出す多層シールドによって、フォース・フィールドの性質の多くは模倣できる。(p.39)

フォース・フィールドや不可視化については、次世代コンピュータの開発と密接に関連しているため、かなり早い段階で実現してしまうことも考えられるそうだ。


 何というか、先端科学というのは、丁寧に説明して貰うと非常に面白いんですね。


 本書のポイントの一つは不可能のレベル分類だが、終章におそらくそれに関連するであろう科学の限界についての記述があった。これが面白かったので、引用しておく。

 ホーキングは、この不完全性定理によって万物理論が存在し得ないことを示した。そして、ゲーデル不完全性定理にとって重要なのは、数学が自己言及的だと言うことであり、物理学もこの病を患っている、と主張している。観測者を観測のプロセスから切り離すことはできず、我々は宇宙から離れられないのだから、物理学はつねに自らについて言及することになる。結局は、観測者も原子や分子でできているのだから、自分がおこなっている実験の一部にならざるをえないのだ。
 だが、ホーキングの批判をかわす手立てがある。ゲーデルの定理に内在するパラドックスを避けるために、今日のプロの数学者は、自分の仕事ではあらゆる自己言及的な命題が排除されるとだけ述べている。そうすれば不完全性定理を避けて通れるのだ。ゲーデルの時代以降の数学の爆発的発展は、かなりの程度まで、単に不完全性定理を無視することによって、つまり、最近の仕事では自己言及的な命題はないと仮定することによって、成し遂げられている。
 同じようにして、観測する側とされる側の区別によらず、あらゆる既知の実験を説明できる万物理論を構築できるかもしれない。そんな万物理論が、ビッグバンの起源から我々を取り巻く観測可能な宇宙まで、なんでも説明できるとしたら、観測する側とされる側との関係をどう記述するかは、学術的な興味の話に過ぎなくなる。(pp.405-406)

自己言及が生み出す面白さは、GEB*2を読むとよく分かるのですが、たしかに過大に捉えているのかもしれないな、と思った。

*1:

新世紀未来科学

新世紀未来科学

*2:

ゲーデル,エッシャー,バッハ―あるいは不思議の環

ゲーデル,エッシャー,バッハ―あるいは不思議の環