k-takahashi's blog

個人雑記用

世界を変えるデザイン

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある

 タイトルはあまりよい訳ではないと思う。原題は、"Design for the 0ther 90%"。先進国に住む地球の上位10%の富裕層のためではなく、途上国に住む人達のためのデザイン、ということ。
そんな意識で開催された展覧会「残りの90%のためのデザイン展」をもとに制作されたのが本書。

この残り90%の人々の生活を良くするには、何が必要なのだろうか。
「思い」だけでは何も変わらない。お金の援助も、それだけでは不充分。
実際に人々のライフスタイルを改善する、具体的な「もの(製品)」が必要なのだ。

そのような「もの」を作る上で、「デザイン」の役割は欠かせない(イントロダクションより)


 私も最初にこのイントロ部分を目にしたときに、「また、よくある話か」と思った。しかし、このプロジェクトは違っていた。

アプロプリエート・テクノロジー運動が失敗した最大の理由は、おそらく、経済の基本規則のいくつかを無視したサプライチェーンを使おうとしたことだった。新しいツールや技術を個々のエンドユーザーや地元の職人が自分で作り、国中に広げるという夢物語に頼っていたのだ。その方が持続可能で、地元の雇用も創出でき、貴重な新技術を提供できるという考えで、発想としては確かに魅力的だが、根本的な欠陥があった。読者も私も、自分の車やコンピュータ、芝刈り機や携帯電話と作れと言われることはない。そういう製品は大工場で大量生産される。一極集中生産による規模の経済が価格を引き下げ、製品を手の届くものにし、高い品質と信頼性を保証している。(pp.82-83)

そういう夢想・政治的呪縛から離れ、あくまでも残りの90%の人達の生活を改善することを目的としている。そういったことの事例や最新動向が紹介されている。
同様の観点から、「協同で所有」という考え方も基本的には除外されている。それでは、90%の生活が向上しなかったという実績からである。


 もちろん、そのためのデザインも非常に難易度が高い。マーティン・フィッシャーはその原則を以下のようにリスト化している。

キックスタートのデザイン原則

  • 収入を生む:どのツールにも利益を出せるビジネスモデルがついていること
  • 投資の見返り:多くの人にビジネスチャンスがあること。ビジネスは、起業家が六ヶ月以内に元を取れるよう充分な利益を出せること。
  • 価格の手頃感:数百ドル以下、理想的には100ドル以下で小売りできるようにツールをデザインする
  • エネルギー効率:みんな人力で動く。人力から機械への動力への変換がきわめて効率的であること。
  • 人間工学と安全性:長期間、怪我の危険が無く使えること
  • 設置・仕様の簡便さ:追加のツールや研修を必要とせず、設置と使用が簡単であること。
  • 強度と耐久性:厳しい条件下で限界まで使用されるので、酷使に耐える作りであること。すべての製品に一年間の保証を付けている。
  • 生産能力に見合うデザイン:大量生産でコストを引き下げ、地元で手に入る原料と工程に応じてデザインを決定する。
  • 地元文化の受け入れ:新技術を取り入れるために地元文化が変わることはない。技術を地元の習慣に合わせること。

すぐに始められて、短期間で回収でき、自力で拡大できること、それが大事。
そのためもあって価格の問題は深刻で、絶対条件と言ってもよい。価格が高ければ始めにくいし、回収にも時間がかかるし、拡大もしにくくなってしまう。だから価格低減のための工夫は必須であり、実際に幾つかのデザインでは有用だが価格が折り合わず実現していないものもある。(その実例も紹介されている)


 本書には多数の事例が紹介されており、その大半はなるほどと思うものなのだが、一つ、完全に不意を突かれた例があった。途上国向けの補聴器である。言われてみれば、聴覚障害のため教育や経済活動への参加を妨げられている人は多いはずで、記事によれば途上国には2億人以上の聴覚障害者がいるのだそうだ。しかし、途上国では補聴器を維持するインフラが無い。それを解決しようというプロジェクトがあるのだ。
できあがったデザイン自体はともかくとして、その必要性自体をまったく自分が気がついていなかったことが意外というか、申し訳ないというか、そういう感覚だった。


 常日頃からこういうことばかり考えるというのもなかなかに大変だとは思うが、こういう世界があるということは、先進国の市民として知っておいて良いと思う。