- 作者: パオロ・バチガルピ,鈴木康士,田中一江,金子浩
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/05/20
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石油が枯渇し、エネルギー構造が激変した近未来のバンコク。遺伝子組替動物を使役させエネルギーを取り出す工場を経営するアンダースン・レイクは、ある日、市場で奇妙な外見と芳醇な味を持つ果物ンガウを手にする。ンガウの調査を始めたアンダースンは、ある夜、クラブで踊る少女型アンドロイドのエミコに出会う。彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。
(内容紹介より)
「ねじまき」は、作品世界中では、遺伝子操作されて作られた人造人間のこと。レプリカントよろしく繁殖能力を奪われており、動きもわざとぎこちない。人間と容易に区別できるように作られているためである。
「紹介」では「クラブで踊る」と書かれているが、実際には「レイプショー」に近い酷い扱いを受けている。
エミコは日本のエグゼクティブがバンコク出張の際に連れてきたもので、当然日本仕様。遺伝子レベルで命令に従うよう仕組まれている。美しい外観を優先、日本で使うことを想定しバンコク気候には適応できていないため、常にオーバーヒートの危険にさらされている。なお、日本以外ではねじまきは存在を許されておらず、当然エミコも違法な存在。何重もの意味で非常に弱い立場にある。先天性障害と、人種差別と、不法移民と、テクノフォビア偏見を一身に背負った存在でもある。
他の登場人物達も、それぞれの事情があり、視野や視点の違いこそあれ単純な悪人は存在していない。(メガコーポが遺伝子操作供物を使って世界を支配している絶対悪だ、みたいな単純な構図にはなっていない。)
絶対的な悪人が存在しないがゆえに自体は混沌とし続ける。そして、怨嗟の連鎖で結局事態は悪化の一途をたどる。
一応人民の味方的な立場にある白シャツという人たちがいる(もちろん、腐敗した人もいれば、視野の狭い人もいる)のだが、彼らも怨嗟の連鎖にとらわれており、最終的には事態の悪化を押し進めてしまう。(あと、日本SF読者としてはどうしても「白い服の男」を連想してしまうので、正直なところ印象が凄く悪い。)
そういったある種の暗い世界なのだが、一方でガジェットの面白さがある。前述の「ねじまき」もそうだが、遺伝子操作されて作られたメゴドント(食べ物(カロリー)を食べてエネルギー(ジュール)を生み出すための動物)、護身用ぜんまい銃、遺伝子操作で作られたが従来の家猫を駆逐してしまったチェシャ猫など。また、食糧メジャーによる経済支配、遺伝子情報争奪戦、石炭争奪戦争、などといった情報がちらちらと顔を見せる。
これらが巧妙に合わさって、魅力的な世界を作り上げると同時に、ストーリーを駆動する背景にもなっている。
舞台はタイ。独立を維持し続けている特異な王国であり、内紛が絶えない国であるという歴史的事実をベースにしつつ、カルマや輪廻といった仏教的な概念が怨嗟の連鎖と二重写しになるところとか、自然界での遺伝子変異(代替わり)と輪廻を重ねたりするところとか、上手いと思う。
だれもがみんな収縮時代の幽霊になれるほど善人じゃありませんからね。なかには、日本の工場でねじまきに生まれ変わって働きづめに働く羽目になる者もいるんでしょう。むかしとくらべると人口は激減しているんです。魂はどこへ行くんでしょうね。たぶん日本で、ねじまきに宿るのかも。(上巻 p.379)
エピローグのシーンをどう考えるかは色々あるのかもしれないが、私は、『華竜の宮』と重ね合わせつつ、前向きなものだと考える。