k-takahashi's blog

個人雑記用

食の安全と環境

松永和紀氏の著作。

ある消費者団体幹部にはこんなことを言われました。「引きこもりの人が農作業をやれば、太陽の下で生き物に触れて癒されるはず。社会復帰のリハビリテーションになるし、若者の参加で農業現場も活気づく。一石三烏ですよ」。私は驚きのあまり声も出ませんでしたが、このように農業を軽く見る消費者は珍しくないのです。(あとがき、より)

副題の「気分のエコにはだまされない」がポイントを示している。根拠のない思い込みがむしろ脚を引っ張っているということを、色々な例をあげて解説している一冊。
以下、色々と引用。

有機農家も害虫よけのネットやビニールなどの資材を多用する。また、家畜糞尿や稲ワラなどから堆肥を作り畑に持って行き投入するという作業にも、機械やトラックが必要。堆肥は、水分を多く含み重くかさばるため、輸送時に使う化石燃料の量はばかにならない。有機農家も、環境への負荷を免れない。
さらに、一般的に作物は、化学肥料や堆肥として土壌に与えられた養分の半分程度しか吸収できないため、吸収されなかった養分のかなりの割合は地下水などに流出する。有機農業であれ化学肥料を使う普通の農業であれ、与える養分量が多すぎれば水系の汚染や富栄養化につながる。(p.7 「地産地消は環境にやさしくない」より)

残念ながら、多くの生産者や消費者がウソに気付いていない。その結果、奇妙な現象が起きてる。たとえば、ある中国地方の団体が、地産地消活動の一環として、地元産のコメをレトルトパックのご飯にして売ることにした。だが、ご飯のレトルトパックは地元企業では作れないため、関東地方の企業にわざわざ地元のコメを持ってゆき加工したそうだ。「地産地消」の名目で、コメが日本列島を大横断している。
あるいは、「安全でエコな生活を」と、休日に都会から地方の直売所に車で乗り付ける消費者も目立つ。大型乗用車に乗っているのは一人か二人。買うのはごくわずかな野菜、というタイプだ。快適なドライブで、地方のよい空気を吸って気分がよいのは分かる。だが、近くのスーパーマーケットに歩いて行って買う方が、おそらくうんと環境にはやさしい。スーパーマーケットに並ぶ野菜は多くの場合、効率よく大量生産され、エネルギー効率のよい大型船や鉄道、大型トラツクで運ばれているからだ。(p.18 「地産地消は環境にやさしくない」より)


 他にも、農薬メーカーが減農薬を薦めている事実(p.41)、堆肥の利用で重金属濃度が増した例(p.80)、エネルギー大量消費と言われる米国農業が実は生産効率が高い事実(p.106)、無農薬栽培のリンゴでアレルゲンが増加している事象(p.126)、長い食経験があるという言葉の嘘(p.184)*1など、環境問題が一筋縄でいかない事例が次々と紹介される。


 消費者の無理解が悪影響を及ぼしている例も多数紹介されている。一つ紹介。
(追記:2010/07/26 コメントを受け、一つ前の段落の引用を追加した。)

消費者の過度な新鮮志向は、「食の安全」を求める意識とも重なり合っている。たとえば、小麦粉とあんこで作る鰻頭は、衛生的な工場で製造し、包装時には空気を抜き微生物が入らないようにして、脱酸素剤と一緒に包装すれば、現在の技術なら三〜四か月は軽く日持ちするし、味もそれほど大きく変化しない。
菓子メーカーは賞味期限を三か月とは表示できないという。なぜならば、科学技術の進歩を知らない消費者には、鰻頭が三か月もそのまま日持ちするという事実が信じられない。なにか、体に悪いものが入っているに違いない、保存料を入れているのに表示していないのだろう、などと疑う。そうした疑い、苦情を避けるために、菓子メーカーは賞味期限を20日間に設定して販売しているのだ。その結果、消費者はまったく問題のない鰻頭を「賞味期限が過ぎたから」という理由で捨てている。(p.94)


 また、遺伝子組換え作物についても、触れられている。
一番面白いと思ったのが以下の部分。「遺伝子組換え作物は、独占資本による支配に繋がり」という理由を述べる人がいるが、とんだ責任転嫁ではないかという指摘である。

反対派はよく、「多国籍企業にしか開発できず、世界の食料が一部の企業に牛耳られてしまう」と批判する。それは事実だ。実際には、植物を遺伝子組換えする技術自体は、ごく簡単な施設で安価にできるありふれた手法。しかし、「不自然だから、何かが起きるかも」と感じる市民の不安を解消するために、厳しい安全性評価試験が課されている。その結果、組換え作物の開発や審査の申請には多額の費用が必要になり、巨大な多国籍企業や公的機関しか手を出せなくなった。
日本でも当初、民間企業が開発に参入したが、「採算が合わない」という理由で多くは撤退した。万全の安全を求めるがゆえに、一部企業や公的機関の独占を招くという結果になっていることも、知っておく必要がある。(p.185)


 環境問題の難しさを理解している人にとっては持っている知識の整理になる一冊。
ただ、一番の問題は、この問題を知るべき人ほどこの本を読まないだろうということ。なので、少々多めに引用した。誰かの目にとまることを祈って。

*1:今食べている農作物のほとんどは、品種改良により最近現れた品種ばかり