k-takahashi's blog

個人雑記用

チベットを知るための50章

チベットを知るための50章 エリア・スタディーズ

チベットを知るための50章 エリア・スタディーズ

本書はこのように世界中で評価を受けているチベット文化の様々な側面を、過去から現代に至るまで、また、内と外の観点から総合的に紹介することを目的としている
(はじめに、より)

総合的ということで「第1部:聖者達のチベット」「第2部:雪の国の仏教」「第3部:暮らしの文化」「第4部:チベットオリエンタリズム」「第5部:チベットのいま」という構成になっている。
10年以上前の本なので、第5部についてはかなりズレが生じている(よく知られている通り、中共チベット弾圧は激しさを増すばかりであるし、欧米の中共への擦り寄りも当時より酷くなっている)が、前半の神話や仏教は今でも参考になるし面白い。
歴史についても、チベット文化の中でチベット人が自分たちの歴史をどう捉えているかというところが詳しく説明されている。


チベット神話では、チベット人の父は猿、母は羅刹女。バター茶を作るのに電気ミキサーが大活躍。チベット医学は仏教がベースになっているが、チベット独自の薬剤を使っていることもあり、チベット以外で使うにはきちんとした確認が必要。
など、面白い記述が多かった。
さすがに仏教自体については、仏教の解説書の方が分かりやすいが、チベット独自の事情(チベット語版の仏典サンスクリット語の直訳に近いので原文が推測しやすい、後期大乗仏教の仏典が多い、仏典が一度秘密の場所に埋蔵され後に発掘されたという「埋蔵経典」(ニンマ派)というのがある、など)は本書が詳しい。ゲルク派(現在の多数派。ダライ・ラマ14世ゲルク派)とボン教(仏教を取り入れた土着系の宗教)の関係とかは全く初耳でした。


第4部、第5部は大きく変わってしまっているので、昔のエピソードとして読んでおいて別の本などで補う必要がある。
ハリウッドが『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を作ったのは昔の話。今は、中共の顔色をうかがいながら映画を作っているわけだし。


最後に面白いエピソードを転載。
ドイルの『シャーロックホームズの帰還』では、1890年にライヘンバッハの滝に落ちたはずのホームズがチベットに行っており、1893年に姿を現したことになっている。なぜチベットなのか。
当時チベットは、鎖国政策を採っており、特に白人の入国は許されていなかった。密入国の試みはイギリスだけでなく、ロシア、フランス、ドイツ、スウェーデンなどが行っていたがいずれも失敗している。(イギリスはネパール人を雇って潜入調査をさせたりもしていた)

ホームズがチベットにいた1890年から1892年は、各国探検家がラサ潜入を競い合っていたまさにその時期に重なる。彼らは白人であることを見抜かれないように顔に墨を塗り、イスラム教徒やインド人に変装してチベットに潜入し、見破られては国外退去を繰り返していた。そのような状況下で、ホームズがラサの潜入に成功し、あまつさえダライラマと思しき人物と会見したと言えば、それはホームズの変装技術の確かさと、スピリチュアルな能力の高さを示すことになる。ドイルはホームズの超人性を際立たせるために、ホームズの滞在先に、当時白人が足を踏み入れることが適わなかった聖都ラサを選んだのだ。
(pp.241-242)