k-takahashi's blog

個人雑記用

テムズとともに、赤と青のガウン

 

先日復刊されて話題になった彬子女王の留学記。最初の交換留学から、博士号を取得するための本格的な留学(研究)活動の両方について色々と書かれていて面白い。日本人の中でも特殊な立場でありその立場と我々との違いが産み出す面白さと、その上で厳しい課程を克服しての博士号取得に至るまでの研究生活の面白さ、そしてその組み合わせ。

「博士論文性胃炎」なんて章の名前は、研究者のエッセイだと普通に似たような単語が出てくるが皇族のエッセイに出てくるのは珍しい。研究で四苦八苦する描写は研究者系エッセイあるあるで、この辺は皇族といえども容赦ないねと思いながら読んでいた。こういう研究者エッセイの部分が予想より多かったと思う。留学の最後の時期に学位取得発表について宮内庁とひともめするのだが、「研究の苦労が伝わっていなかったのが理由かも」と書いてある。役所にいるのが、大して苦労せず学位を取れるスーパーマンと、研究とは無縁の人とだと、たしかにさもありなん。そういう意味でプリンセスが書いた研究の苦労のエッセイは貴重。

 

ところで、このエッセイを書くに至った最大の理由が、

留学の延長を認める代わりに、父から出された条件の一つが「留学記を出すこと」だった。それは、長期間海外に出て公務をしない以上、それを支えてくださった国民の皆さまに対して、皇族としてきちんとその成果を報告する義務があると考えておられたからである。(No.2717)

という髭の殿下(寛仁親王)の指示だったそうで、それはきちんと果たされたことになる。

実際中を読んでもあまり公務に関わるような話は出てこない(留学中は、妹の瑶子女王が担っておられたとのこと)が、研究関連(分析の仕事とか、展示会の手伝いとか)は色々やっている。

 

残念ながら父君の著作は手に入らないが、彬子様の20年前に同じ場所に留学された皇族の方がいらっしゃる。

浩宮様は1983年から85年までオックスフォードに留学されている。まだ昭和なので皇太子ではなく、皇孫という立場。彬子様とは次代も立場も異なる(更に言えば、目的も異なる)ので当然なのだが、色々と両者の違いが面白い。

 

彬子様の著書の有名なエピソードに、エリザベス女王にお茶に呼ばれるシーンがある。

それは二〇〇五年夏。在英日本国大使館に女王陛下からバッキンガム宮殿へのお招きの連絡が来た。お話が来たときは、ほんとうに「えっ」といったあと、しばらく言葉が続かなかった。おうかがいするとお返事したものの、何を着たらよいのか、帽子や手袋はどうするのか、何のお話をしたらよいのか、さっぱりわからない。そもそも周りに女王陛下にお会いしてお話をした人など数えるほどしかおられないし、一対一でご対面のケースなどほぼ皆無。不安でいっぱいのまま、その日を迎えた。(No.718)

あたふたする様子が覗える。一方、浩宮様は、

翌日には、バッキンガム宮殿へ。女王陛下のティーへのご招待であった。アンドルー王子、エドワード王子も同席され、しばしくつろいだ雰囲気のもと、楽しいひとときを過ごさせていただいた。女王陛下からは、今後の英国での生活についてのお尋ねや日本訪問時のお話などがあり、アンドルー王子からは軍隊生活の話、エドワード王子からは学生生活の話があった。もちろん幾分緊張もしていたが、会話はとても楽しかった。(No.99)

と、かなり余裕がある。

比べて読むと、浩宮様はかなり公務に近いことを色々やっているのがわかるし、交流や日本紹介にかなり手間をかけている。彬子様がやっておられたような資料分類の手伝いとかはほぼ出てこない。

 

彬子様のエピソードでもう一つ有名なのが、LCCに乗ったら「なぜ外交旅券?」「プリンセスですから」というのがある。英国外への旅行はちょくちょくあったようだが、さすがに1980年代ではLCCはまだごく一部なので出てこない。

旅券で面白かったのが、普通の外交旅券は都度発行されるのだが、留学中にそんな面倒なことはできないので特別に留学期間中有効かつどこの国にも行けるパスポートなのだそうだ。ここまで聞くと、LCCの人が首を捻ったのも無理ないかな、と。

 

他にも、似ているところ違うところが色々ある。日本文化の紹介者を期待されるところは似ているが、日本文化への見方や日本文化の紹介の仕方は色々違う。留学に来て初めて○○しましたというのはあるあるだが、細かい買い物の内容は違ってくる。護衛(側衛官、警護官)の話題は出てくるが、着く範囲はかなり違う(ディスコに行ったら当人は服装チェックでダメ出しされるが護衛官はOKとされたりしている。つまり、ディスコに護衛官が着いていったわけだ)。

 

海外に行くことの意味、海外で活躍する日本人の活用といった話題も出てくる。特に彬子様の本には、研究者のキャリア形成と国内ポストの問題も具体的に出てくる。

どちらも読みやすい本なので、興味のある方はどうぞ。