k-takahashi's blog

個人雑記用

消滅の光輪

消滅の光輪 上 (創元SF文庫 ま 1-2)

消滅の光輪 上 (創元SF文庫 ま 1-2)

 
消滅の光輪 下 (創元SF文庫 ま 1-3)

消滅の光輪 下 (創元SF文庫 ま 1-3)

眉村卓先生の司政官シリーズの第1長編。

植民星ラクザーンでは、人類と瓜二つの穏和な先住民と、地球人入植者とが平和裡に共存していた。だがその太陽が遠からず新星化する。惑星のすべての住民を、別の星に待避させよ。空前ともいえるこの任務に、新任司政官マセ・PPKA4・ユキオは、ロボット官僚を率いてとりかかるが……

 テーマ、設定、文体の妙が織りなすストーリーは強い牽引力を持ち、一気に読めます。

 文章は徹底的に司政官一人称視点で語られる。それが可能なのは、司政官が多様な情報を集めそれを元に合理的な判断を下す訓練を受けた専門家であり、そのための支援部隊としてロボット官僚がついているからという設定があるから。それでも、多くの謎が残る。司政官と言えども全ての情報を知っているのではないからである。科学センター職員のラン、連邦開発営社のボウダ、ツラツリ交通幹部のイルーヌ、連邦軍退役将軍のエリオルツ、連邦巡察官のトド。彼らの言動も全て司政官の知りうる情報としてしか描写されない。そして、その意図は司政官にとっても不明であり、つまり読者にとっても不明である。
 さらに、先住者と入植者。彼らの意図も不明として描かれている。


 物語冒頭では、新星化は極秘情報として扱われているが、どうみてもそれを知っていて情報公開前に奪うだけ奪って逃げ出そうとする開発営社との狸の化かし合いのような交渉が行われる場面が描かれる。待避計画に必要な資金は連邦から与えられるわけではないことも示される(宇宙船の手配と、移住先の準備はしてもらえたが)。
それを通じて、司政官の権力が極めて脆弱なものであることも示される。


 それでも、なんとかしようとするマセの努力が語られているのが本書である。そして、徹底的にマセの視点のみで描かれているため、彼の抱える問題が読者にも明確にわかる。それがインサイダー文学というテーマともきっちり合っている。誰からも理解されず、誰も理解できず、それでも己の使命を全うするために全力を尽くす。そして、全力を尽くした結果として、少しだけ理解が進む。しかし、それすらも司政官本人による理解でしかなく、真実は闇の中。真実があるかどうかすら闇の中。


 物語自体は、終盤に大きな変転があり、移住計画問題から一転して人類文明論になる。ここも面白いのだけれど、移住計画に絡めて積み上げてきたSF的設定の展開の蓄積あっての話。結局マセは苦悩を抱えたままミッション完了となる。


 上下巻合わせて1000ページ。入院でもしなきゃ1日で読むのは無理な量ですが、そこは怪我の(手術の)功名で一日で読めました。ただ、もっと書きたかった、まだ分量が足りない、というのも分かります。で、それをやってしまったのが引き潮のときなのでしょう。(黒田藩プレスから出ているのの2冊は持っていますが、さすがに読むなら揃ってからにしたいので未読。)


 限られた時間、乏しい資金、自分勝手な諸勢力、限定された権限をもとになんとか使命を達成しようとする部分はゲーム的な観点から見ても楽しめます。実は、20年以上前ですが、司政官のボードゲームが出たことがあります。そのヒントが本書で書かれた、複数機関間の利害調整シーンだったのでしょう。当時のゲーム自体は、システムが未整理な状態で、良く言えば意欲作、悪く言えば失敗作でした。昨今のデザイン技術を持ち込んで、もう一度司政官のゲーム化の挑戦したら、プレイ可能なものができるかもしれません。


 そうそう、後書きで「不真面目(だが優秀)な司政官」というもののアイディアが語られていた。優秀な官僚(スタッフ、部下)を持っているが、かなりいい加減なトップというものらしい。一つのアイディアだとは思うが、私が連想したのが「パタリロ」。眉村先生が書かなくてもいいかも。