k-takahashi's blog

個人雑記用

その数学が戦略を決める

その数学が戦略を決める

その数学が戦略を決める

 莫大なデータが入手可能となり、莫大な計算が簡単にできるようになってきた現代。それら「絶対計算」が専門家以上の能力を発揮するようになってきた。それはいったいどんなものなのか。ということを解説した一冊。

「博士の計画は、十八年以上にわたって発展させた数学によって組み立てられており、有意の確率を持った偶発事件を全て網羅していることを、理解して下さい。これもそのひとつです。わたしがここに派遣された目的はほかでもない。恐れる必要は無いということをあなたに伝えるためなのです。結局はうまくいくでしょう。プロジェクトがうまくいくのと同じくらい確かにね。あなたにとっても相当の確率がありますよ」
「どのくらいの数字ですか?」ガールは尋ねた。
「プロジェクトについては、99.9%」
「それで、ぼくについては?」
「その確率は77.2%だと聞いています」
「では投獄または死刑の宣告を受ける確率は5分の1より少ないというわけだ」
「後者の確率は1%以下です」
「本当に。一個人についての計算は無意味ですよ」

この引用部は、アジモフの「ファウンデーション」からのものだが、本書で扱われているのはまさにこれ。ブドウを収穫した時点でワインの美味さはどうなるか予測し、政策がうまくいくかどうか判定し、症状から罹患している病気を診断し、映画の脚本から興行収入を推定する。これを専門家ではなく、計算で行うことが可能であり、それが多くの場合専門家以上の精度を持っていることを具体例を挙げて示している。


 なぜ「絶対計算」がそれほど強力なのかについて、著者は複数の要因を挙げている。

  • 人間は、しばしば自分の力を過大評価してしまう
  • 人間は、複数の要因がある問題では、その重み付けを正しく付けることができない
  • テストの継続により、新しいデータを絶えず得ることができる

そして、絶対計算が専門家に優るポイントとして

  • 回帰分析は、自分の限界を知っており示すことができる

もあげている。


 そうなると「それなら計算の結果を人間が利用すればもっと精度が上がるだろう」という意見が当然出てくる。しかし、なんとこれは間違い。正しくは「計算が人間の結果を利用すれば精度が上がる」なのである。一部の条件において人間の直感の方が計算よりも精度が高いことを計算することができるのである。一方人間の方は、自分の判断を過大評価するため計算結果を適切に使えないのだ。


 という話が、様々な実例を交えて説明される。


 もちろん、単に「計算万能」を説いているだけではない。モデルを作ったり演繹的モデルを想定したりするのは現時点では人間の役割だし、

 グーグルはユーチューブを買収すべきか? この手の1回限りの問題は、データ主導思考にはすぐになじまない。絶対計算は、反復型の意思決定の結果分析を必要とする。(p.201)

という、まさにセルダン的な事実もある。

 他に、絶対計算自体が正しいかどうかが問われることもあり、本書では、ジョン・ロットという研究者の「銃所持と犯罪数」の研究を例としてあげている。計算が正しいかどうかが議論になったテーマなのだ。ただ、凄いのは、この研究の元データは公開されているため、検証ができるというところ。


 なにかアンチ・ユートピア的なことを感じる人もいるだろう。例えば「映画の脚本を計算して興行収入を予測する」「興行収入の予測値が高くなるように脚本を修正する」というところに嫌悪感を感じる映画ファンがいるのは容易に想像できる。でも、違うのだ。
絶対計算は「この脚本を映画化したときの興行収入が幾らである確率がどのくらいで、その精度がどの程度か」を予測する。そしてそれはたいていの場合正しい。ポイントは、予測が外れる確率(ダメだと思っていた脚本が大当たりする確率)も求まるところにある。投資家がこれだと見込んだ脚本については、リスクを見込んだ上で投資することが可能になる。より安全に冒険できるようになるわけだ。これに反対する理由はないと思うが、どうだろう。


 本書の原題は "Super Crunchers: Why thinkig-by-numbers is the new way to be smart"。数字を活用すれば、より賢い思考方法を得られる、とでもなる。1970年代には、「コンピュータよりも早く計算できる暗算(算盤)の達人」というのがよく紹介されていた。そうやって「人間の方が偉い」と思い込もうとしていたが、今そんなことを競う人はいない。単に人間はより人間に向いた仕事をするだけ。同じことが絶対計算でも起こるのだろう。意味のない反発をする愚を避けるためにも、本書は一読の価値があると思う。


 最終章には、数学的思考と直感の両立の方法として、2SD法とベイズ検定の話が紹介されている。これにフェルミ推定を混ぜれば、非常に便利なのは本当だと思う。この部分もお薦め。
 あと、本書では2SDでカバーされる範囲が95%だということを述べているが、1SDでカバーされる範囲が約70%というのも憶えておくと便利。