k-takahashi's blog

個人雑記用

イケナイ宇宙学

イケナイ宇宙学―間違いだらけの天文常識

イケナイ宇宙学―間違いだらけの天文常識


 宇宙学というよりは日本語の「地学」が適切。とは言え、「イケナイ地学」じゃ訴求力ゼロだからしかたないか。原題は "Bad Astronomy"だから「天文学」なんだけど、やはりマーケティング的に弱いと言うことでこのタイトルになったとのこと。
なお、「イケナイ宇宙学」とは、「よくある誤解」のこと。空はなぜ青いという話もあれば、アポロ陰謀論もあり。


 「はじめに」で著者は、マスコミのいい加減さを嘆いている。こともあろうに全国ネット(NBC)の話である。スペースシャトルで行われた実験のニュースを伝えた直後のこと。

総合司会者のマット・ロウアーがこの実験を伝え、話が終わるとケイティ・クーリックとブライアン・ガンベルは、その原稿を読むのは大変だったでしょうね、とコメントした。これで三人はどっと笑い、ロウアーは、今話したことを実は理解していないんですよ、と白状した。ここでちょっと考えて欲しい。アメリカを代表するジャーナリスト三人が、なんと自分が科学を知らないことを笑い飛ばしているのだ! もしこれがセルビアのニュースで、セルビアの場所を三人とも知らないことを笑い飛ばしていたら、どれほど違った状況になっていただろう?
 もちろん、私はひどく憤慨した。この出来事が、実は私を「イケナイ宇宙学」の議論の道へと踏み込ませた。数億のアメリカ国民が、最も簡単なたぐいの科学ニュースも理解できない人から情報を得ているのだと知って、行動を起こすことにしたのだ。報道自体は正確だったし、スペースシャトルでしていた実験を熟知する人が書いたのかもしれない。だが大衆は、三人の著名なジャーナリストが「科学を知らなくても大丈夫」と暗黙のうちに語る姿を目にしたのである。(pp.6-7)

日本のマスゴミも大概酷いものだが、海の向こうも同じらしい。


 別の恐ろしい事件も記されている。星の命名権を売りますというサービスを行っている会社がある。もちろん、公式なものではなくこの会社が勝手にやっているだけのことにすぎない。そのことをオハイオ・ウェスリアン大学パーキンズ天文台の副台長ロバート・マーティノはウェブで批判した。
 驚くべきことにこの会社は、大学に圧力をかけ、そして大学はこの圧力に屈してマーティノにサイトの閉鎖を命じたのだそうだ。結局マーティのは情報を別のサイトに移した。
幸いなことにこの情報自体は消されずに残っている(http://www.southwestmsu.edu/campuslife/attractions/planetarium/starnamingfaq/starfaq.html)。またIAUもこの会社の主張に根拠がないことを示す文書を公開している(http://www.iau.org/public_press/themes/buying_star_names/)。
 この会社は今でも営業を続けているようだが、検索したらInternetWatchでもよいしょしているぞ。(http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/wtoday/backno/2002/0314/index.htm) 困ったもんだ。


 普通に科学知識として面白いものも多い。


 深い井戸の底からなら昼間でも星が見えるという話がある。私も可能だろうと思っていたのだが、これは事実に反するのだそうだ。空の明るさと人間の目のコントラスト知覚力をもとに計算したところ、下限はシリウスの明るさの5倍になる。一方で全天を見るのではなく視界を遮れば、この10分の1の明るさまで知覚可能になる。この条件を満たす星は全天に6つ。水星、金星、火星、木星シリウスカノープス。さすがにここまで限定してしまうと「昼間でも星が見える」とは言い難いということになる。
 実は、これを実際に試した天文学者がいる。オハイオ大学のハイネク教授*1である。廃屋の煙突からベガが見通せることを計算で知った教授は講座の学生達と一緒に観測に出かけ、見えなかったという報告をしている。


 日食を肉眼で見ると目に永久的な害が出ることはよく知られている。ところが、「普段の太陽を肉眼で見ても、永久的な害は出ない」のである。人間の目の防衛機能は、太陽を見ると瞳孔が収縮し、網膜の損傷を防ぐのである。もちろん、この能力には個人差があり、被害を受けてしまう人もいる。だが、多くの人は大丈夫なのだ。
 考えてみれば当然で、地球上で暮らす人間の目の防衛機能が、最大の脅威である太陽に対抗できるというのは理にかなっている。
 ところが日食は特殊なのだ。日食の場合、太陽からの光の総量は小さくなるため瞳孔の収縮が間に合わず、太陽の見えている部分が発する光が網膜を損傷させてしまうのだ。


 流星が光る仕組みも面白い話だった。
 塵が大気圏に突入してそれが光る。これはよい。
 しかし、「流星物質が空気との摩擦で熱せられる」というのは間違い。流星物質が大気に突入すると、物質の前方に圧縮されて高温になった大気が留まるのである。この高温の空気はゆっくりと動く空気のスポットとなって流星物質に接触し、その熱が流星物質を溶かし、溶けた部分が吹き飛ばされていく。
 隕石となって地上に落ちてくる場合は、高温部分が上記の仕組みにより吹き飛ばされ、速度が低下してから上空の冷たい大気の部分を通過してくるため外部は冷やされる。加えて、もともと隕石の内部は宇宙空間で冷え切っている。 結局、地上に落ちた隕石は大抵の場合冷え切っていて、発見される頃には霜が付いていることがほとんど。
(もちろん、巨大隕石は話が別。)


 バスタブの渦の向き、季節ができる理由、潮汐についての誤解、月の錯視、星がきらめく本当の理由、など面白い話題がてんこ盛り。天文好きならお薦めです。

*1:UFOファンならおなじみの、あのアレン・ハイネック! もちろん、この報告は真っ当なもの。