k-takahashi's blog

個人雑記用

クトゥルー神話全書 〜リン・カーターの功績

読む者に視覚的イメージを喚起させるリン・カーターの語り口は評伝記述者のものでも、研究家のものでもなかった。
それは、まがうことなき小説家の語り口であり、ラヴクラフトを愛する読者の語り口であり、完全に一ファンの語り口であった。
そうだ。リン・カーターはペーパーバックという最も大衆的なマーケットに、アマチュアの視点や価値観を持ち込み、それを臆面もなく全米、いや、全世界に見せつけた初めてのホラーマニアだったのだ。その意味においてカーターは今日いうところのオタクの先駆であったと言えるだろう。
(p.262 監訳者解説 より)

1972年にリン・カーターが出版した 「Lovecraft: A Look Behind the "Cthulhu Mythos"」の翻訳。
上の解説からの引用は、本書を読むと本当に納得できる。そもそも著者本人からし

クトゥルー神話という奇妙かつ愉快な文学の一ジャンルに対する私自身の興味と情熱が本書には反映されており、それゆえ本書はかなり主観的なものとなっている。本書で開陳されている価値判断の多くは個人的な意見である。本書の前半部を論評してくれたオーガスト・ダーレスからは、客観的な学術書となるべきものに個人の主観が混じりすぎていると厳しく叱られたものだ。
(感謝の言葉、より)

だから、本書のご利用は自己責任でお願いします。
(感謝の言葉、より)

と書いているんだから。ここでリン・カーターは「愉快」と書いている。色々言われている・リン・カーターだが、クトゥルー神話で遊ぶのが楽しいことを明言している。そして、今ではそっちの方が数的には多いのだと思う。もちろん、それなりのきちんとした裏付けがあるということもあるのだろうが、楽しめるのはいいこと。


ただ、研究書としては批判的に読まなくてはならないのだろう。その意味で、

  • ダンセイニの影響が生き生きと書かれているが、それはどれくらい妥当なのか
  • ラヴクラフトの最後の10年間に書いた作品が少ない理由は、彼が文通にはまってしまったからだ、という説(p.98)
  • ラヴクラフトは寒さ嫌いで、摂氏27度以下になると不快感を感じ、摂氏21度いになると「体がこわばる」そうだ。本当なんだろうか(p.122) また、『狂気の山脈にて』の寒さの描写は彼のこの体質の影響だ
  • 1930年代、ラヴクラフト・サークルの作家達は「神話を真剣に捉えていた者は誰一人として居なかった(一番真剣でなかったのはラヴクラフトだった)。若手作家達は万神殿をを築き上げ、徐々に発展していく神話体系に貢献しようと互いに競い合った。彼らがこんなことをしたのは多分に一種のゲームであり、ラヴクラフトの死後、彼らの多くがゲームの魅力を感じなくなってしまったという事実は極めて重要である。」(p.137) これが本当なら、それでもとどまったダーレスの貢献の価値は非常に重要ということになる。
  • ラヴクラフトが世界的に名を知られるようになった功績は、他のいかなる影響にもまして、オーガスト・ダーレスの倦まざる努力に帰せられるべきである。」(p.214) ダーレスが編集したアンソロジーはいずれも非常にできが良く、そして、いずれもラヴクラフトの作品が収録されていた。このことの影響と価値について
  • ダーレスは、ホラーがビジネスになることを実証した

など、本書に書かれていることについては、本格的な研究書で確認しないといけないのだろう。


もちろん、本書には、原注と訳註とが書かれており、そういったズレや間違いについてはある程度フォローはされています。この、訳注の部分が特に楽しい。