- 作者: 米長邦雄
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2012/02/01
- メディア: 単行本
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色々毀誉褒貶のある人なのは知っていたし、将棋の強い変なおじさんだと思ってましたが、すみませんでした。クセがあるのは事実だとしても、立派な漢でした。
真剣真摯に対局に臨む姿勢、将棋というジャンルへの愛情と貢献意識、そして将棋ファンどころかまだ将棋ファンでない人に対してまでの心配り。ボンクラーズとの対局でファンが増えたというのも納得。
この本で、私、米長邦雄が最強のコンピュータ将棋ソフト「ボンクラーズ」と戦うにあたってどのような対策を立て、どのように指したか。そして、(私自身の戦況判断としては)負けようがない状況から、たった一手の見落としによって勝利をふいにしてしまった。そうした将棋のおそろしさについて、書いてみたいと思います。
また、人間のプロの棋士が指す将棋のすばらしさと、無機質ではあるけれど一秒間に一八〇〇万手読むというコンピュータの計算速度の速さ、圧倒的な棋譜データの量に基づいた強さ。それぞれの長所と短所について、書きつづってみたい。(はじめに、より)
この「はじめに」に偽りなしでした。
もちろん、コンピュータ将棋自体の技術についてはそちらの専門家が書いたものの方が当然情報が多いのだが、「将棋」についてとなるとやはり超一流棋士の言葉は非常に面白い。
また、連盟会長としての意識が高いというのも分かる。
例えば、対戦料の根拠
「人間とのすべての対局をやめる」ということは、トーナメント、リーグ戦をすべて欠場するということを意味します。当然、すべてのタイトルを返上することとなる。もちろん挑戦者にもなれないし、予選にも出られない。つまり、現在、プロとして得ている賞金、対局料をすべて放棄するということになります。
(p.24)
それをトップ棋士について計算したら、七億になるという試算だそうだ。
実際、今回米長氏は対コンピュータ用に準備しなければ勝てないが、それは対人対局にはあまりプラスにならない、ということを自身の経験から導いている。そこまで考えて対局している氏の姿は、プレイヤーであると同時に経営者でもある。これは大変なこと。
あるいは、対局後に来年の方針を展開したときの
五年間で五番勝負というより、いっぺんにやったほうが盛り上がっておもしろいだろうということです。おもしろいことであれば、なんだってやりましょうと。
将棋ファンはそれが一番納得して、喜ぶだろうし、あるいはニコニコ動画を見ている人たちもたぶんそれが一番いい、おもしろいな、と思ってもらえるだろうということです。ファンあっての将棋ですので
(p.125)
といったところにも経営者の視点がきっちり反映されている。この判断が対局直後にできるのだから凄いと思う。
そして、既存メディアと双方向メディアの違いといったところまで話が及んでいる。名人戦をはじめとして将棋の大スポンサーが既存メディアであるにもかかわらず、そういう話を書いてしまう。正しいかどうかはともかく、書くという決断ができてしまう。立派。
一方で、人間棋士としての色々な話も面白い。
私は詰め将棋に加えて体調を整えていくということにも取り組みはじめました。まず七三キロある体重を対局本番の一月一四日には六八キロまで落とす。それくらい体重を落とさないと、負けると思いました。生枚の人間が戦う以上、体調、体力を万全に整えておくことは非常に大切です。また、同じ考えから、酒も断ちました。(pp.40-41)
もっと大事なのは、いま持っている力をできるだけ一〇〇%に近い形で発揮できる環境を整えることだと思っていました。(p.74)
抜け駆けのインタビュー、カメラ撮影といったことは絶対にやらないように、という協力要請です。そして、その約束を破るものがでないよう、将棋会館の職員にも周知徹底しました。
しかし、長年の経験上から、約束というものは必ず破られるということはわかっていました。(p.84)
案の定、馬鹿な記者がこの約束を破っている。こういうトラブルへの対処も大変だったようだ。
他者の感想の部分から
今回のボンクラーズの指し手だけを見るならば、人間が指したのか、将棋ソフトが指したのか、判別は難しいかもしれません。
(p.164 羽生善治氏)
あの飛車の動きとか人間とは思えないけれど、それ以外の部分ということなのかな。
対機械には、対機械用の対局ルールで戦うべきだと思う。
この人間対機械の対局ルールには私案がある
(p.170 森下卓氏)
どういうルールだろう? 次回の対局に向けて検討中かな。
例の、夫人の言葉も
やはり引用しておかないとな、と思うので。
妻の答えは驚くべきものでした。
「あなたは勝てません」
このように断言されてしまうと、私もどこにいたらなさがあるのか、気になります。当然、「なぜ勝てないんだ」と問い返します。すると妻は、「あなたは全盛時代に比べて、欠けているものがある」というんですね。
さて、なんだろう。酒は飲んでいない。将棋の勉強も一生懸命がんばっていると思う。しいて言えば前立腺がんを患っていて、その不安があるくらいだが、それくらいでどうして勝てないのというのかわからない。だからおそるおそる聞いてみた。すると、妻は「全盛期のあなたと今のあなたには、決定的な違いがあるんです。あなたはいま、若い愛人がいないはずです。それでは勝負に勝てません」といったのです。(pp.82-83)
これを平然と言ってのける奥さんといい、それを書いてしまう本人といい、大物です。