- 作者: 中西準子,河野博子
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2012/11/22
- メディア: 単行本
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第一部 福島原発事故に直面して
基本的には当たり前のことが書いてあるのだが、いくつか中西先生ならではの言葉があったので、引用。
このように、それぞれの事情を議論し、関係者が闘いながら、米国ではだいたいこのくらいが許容範囲とみなが思っていると考えていいのではないか、という一つの線が出てきたのです。これは、誰かが号令をかけてきめたのではありません。クロロホルムの基準を決めるときには、水道業者が大騒ぎをする、ベンゼンのときは石油メーカーや自動車メーカーが頑張ってデータを集めるなどして、大議論をしながら、決まっていったのです。大勢が参加せざるを得なかったがために、この程度ならいいというように世論が収斂してきた、と言えます。(p.41)
化学物質に比べて放射能はものすごくよく調べられている。よく言われている「低線量の影響が分からない」というのは、非常に小さいので明確に表現できないという意味である。一方、化学物質の方は、そこまで厳密には調べられていない。が、それでも基準は決めないといけない。だから、大勢で時間をかけて合意を育んできた。この点では、化学物質の方が放射線よりも対応がしっかりしている。
もし国が判断基準になるものを出さないのなら、私は専門家として自分が、目安としての数字を出せないか、今、それを考えています。(p.67)
こちらの引用部が、中西先生が一番やりたいことなのだと思う。自然科学やリスク論の「断言しない」ところにつけこんだ恐怖商法・風評被害が蔓延する中、どうやってリスクを分かって貰うのがよいのか。まさに先生がやってきたことが生かせることだとも思う。
第二部 時代の証言
第二部は、新聞連載のインタビューをまとめたもの。
私が中西先生を知ったのは、環境ホルモンかダイオキシンか何かをWebで調べていて先生のページを見つけたのが最初。たしかまだ前世紀のこと。
書いてあることは納得できる話だったので、そのままウェブで読み続け、先生の新刊が出ると買って読んだりしていた。(最近だと、http://d.hatena.ne.jp/k-takahashi/20100212/1265989901 とか)
結構面倒なタイプの人なんだな、と知ったのはだいぶ後のこと。その「面倒さ」がこの第二部には色々書いてある。まあ、正直なところ近くに居たら、ちょっと距離を置きたくなるタイプの人だな、と思った。なので、まずはWebのエントリーで先生を知ったのは、私にとっては良かったようだ。そうでなければ、中西リスク論を色々読むことはなかっただろうから。
一番面白かったところが以下の部分。
流域下水道反対運動が全国で盛り上がり、私の意見がいろいろなところで取りざたされるようになった時に、誰かが、「そろそろ中西教ってのができるよね」って言った。彼は「いやできないと思うよ。あの人はどんどん変わるからね。教祖になるためには、一つの意見をずっと言い続けないと駄目なんだよ」と話したそうです。(pp.169-170)
変わるというか、「害を減らすには」という観点から一貫して代案を追求し続けていただけなのだろう。もちろん、本書は中西先生の視点から振り返ってまとめられた本だから、今の目から見て一貫しているのは当然ではある。実際には、先生だって色々右往左往はされたのだと思う。
そして、その苦労がリスク論に繋がってくる流れも本書には幾つか書かれている。
まあ、主目的が「害を減らす」以外である人からは、裏切り者扱いされただろうな、というのも分かる。
科学者が社会運動・政治運動に首を突っ込むと、往々にして現実離れした主張になってしまうけれど、中西先生はそうはならなかった。それは、科学者の肩書きで社会運動に関わったのではなく、科学者として社会運動に関わったからなのだろう。