「安全な食べもの」ってなんだろう? 放射線と食品のリスクを考える
- 作者: 畝山智香子
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2011/10/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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判断に必要な情報を適切に提供されていて、本人に判断できる十分な環境があること、が不可欠です。偏った情報、不安や鬱など精神状態が不安定なとき、親が子供に対して選択を迫る場合のような実質的には逆らえない権力関係のもとでの判断などは自己責任とはいえないと思います。そういう意味で、この本は、不安な人本人よりも、不安な人の周辺にいて支えてあげられる立場にある人に読んでもらったほうがいいのかもしれません。(p.200)
(強調部は、私によるもの)
なので、最初から落ち着いていて、自分の頭を整理したり、誰かに説明するための材料をまとめている人とかに向いているのかもしれません。
発がんメカニズムの解説や、推定方法(閾値問題、スロープファクター)なども細かく解説しているのも、そういう意味で良いと思う。(遺伝毒性発がん物質、という誤解を招きがちな言葉もきちんと説明している。その意味でサッカリンの解説も重要。)
そもそも放射線の関連で書かれたものなのだが、食品を扱う以上は農薬や食品添加物といういつもの話題も出てくる。この部分を読んでいると、結局従来の農薬や食品添加物をターゲットにした恐怖商法と同じ手口が、そのまま今回の放射能問題でも使われているのが分かる。 結局、ニセ科学は人を不幸にする。
基準値
基準値とは何かということも、いつもの話がまとめられている。
同じ「基準値超過」といっても、ヒトで健康被害が出る用量とどれくらい離れているか、という意味でのリスクの大きさはものによってまちまちなのです。基準値の超過、はそれだけでリスクがあるということを意味せず、何がどうなっているのかを確認するようにと言う注意喚起情報だと思うのが妥当でしょう。
(中略)
人工物や人為的なものには余裕を多めにとり、安全性についての基準値を超過するような人たちはほぼいません。一方天然物の場合には余裕が少なく、安全基準を超過するような人たちが少なからずいます。(p.29)
これが、3月のミネラルウォーター騒動の話題と繋がる。
3月に東京の浄水場から一時的に100Bq/Lの放射性ヨウ素131が検出されたときに、赤ちゃん用にミネラルウォーターを使おうという騒ぎになった。
ところが、実は食品に含まれている発がん物質の中で一番影響が大きいのはヒ素。そして、ミネラルウォーターは水道水よりもヒ素が多い。(ミネラルウォーターのヒ素基準値の方が高い)
実際に使ったミネラルウォーターが何であったかにもよるが、計算上は100Bq/Lの水道水(7.7x10^-7)を避けてペットボトルの水を使う(1.5x10^-2))という判断は、発がんリスクを数千倍に増やした可能性がある。
というようなことをきちんと考えておこうよ、ということ。安全基準の意味を理解しておかないとこういうことになってしまう。
IARCの分類
よくいわれるIARCの発がん性分類についても、概要解説と、サッカリンの濡れ衣の話が出てくる。一つ面白いエピソードがあった。
がん化学予防として現在実際に使われているものがタモキシフェンです。タモキシフェンは参考表1に掲載してあるようにグループ1の「発がん物質」です。(p.49)
これには、科学の裏付けがあるんです。
コメ
福島のコメは危険だ、と叫んでいる人が時々いるが、こんなエピソードが本書には書かれている。
メハーグ博士は英国メディアにはしばしば登場して、赤ちゃんにはコメを食べさせない方が良いという助言をしています。遺伝性発がん物質は、特に小さい子供に対しては、少なければ少ない方が良いからです。有害影響があるというデータはありませんが、予防的措置としては極めて正しいことなのです。(p.83)
これは、インチキな主張ではなく、科学的には意味のある主張なのである。この主張に対して感じる違和感は、
このことこそが放射能による発がんリスクの話をするときに、100mSvよりずっと低いところであっても危険だから強制的に避難させろとか生活を制限しろ、あるいは生活を捨てて逃げるべきという主張に対して、がんの疫学や医療などの現実的がんリスクを相手にしている専門家が感じていることなのです。(pp.83-84)
そもそも、この「コメを避けろ」が、マクロビ批判という文脈であるところはさらに皮肉でもある。
安全側に余裕を取ることは、必ずしも正しくない
上記のヒ素の例もそうだし、本書には他にもベンゼンやアクリルアミド、アフラトキシンなど様々な物質の発がん性の話が紹介されている。
そして、重要なのは、分からないものがたくさんあるという現実である。更には、有害と分かっているにもかかわらず検出能力が低いため検出できないものもある。
逆に放射能は検出能力が異常に高い。上述の発がん物質アフラトキシンの検出限界は10ppb。これは2.5x10^-2のリスクに相当する。100Bq/Lの水道水のリスクは7.7x10^-7に比べて遙かに高い。放射線のリスクに過剰反応して偏食に走れば、こういうリスクを多数抱え込むことになる。
安全側に余裕を取ることが必ずしも正しくない理由がこれである。検出できないが存在するかもしれないリスクが多数あるのだから、検出できた充分小さいリスクに過剰反応するのは間違いなのだ。安全側に余裕を取りすぎると、この問題が大きくなる。安全側に余裕を取る極北がゼロリスク主義だが、放射能に対するゼロリスク主義がどういう結果を生む恐れがあるかの一例(多くの中のほんの一例)が前述のミネラルウォーターのヒ素である。「子供達の健康のためには」そちらへの配慮も必要であり、そのためには安全側に余裕を取りすぎてはいけないのだ。
時期的には違うのだけれど
こんな記載がある。
スロープファクターを使うと、たとえば米を食べると一億人中何人ががんになるというような計算が出来てしまうのですが、その数値があまり信頼できるものではないにも関わらずその点を説明せずに「○○で××人ががんになる!」というようなセンセーショナルな脅し文句として使われやすいという欠点があります。もちろん数字や方法そのものが悪いわけではなく使う方の問題なのですが、(p.109)
執筆時期を考えれば畝山先生が知っていたはずはないのだが、群馬大の某教授の発言そのものを批判しているようにしか見えない。
いくつかネタを
- アルコール
「発がんリスクが無い飲酒量は存在しない」(フランス国立農業研究所ポール・ラティーノマルテル博士)
しかし、一方で一日にワイン一杯程度では観察可能ながんリスク上昇は確認できていない。
EBMの発想に基づけば、少量の飲酒は許されることになる。(何が言いたいかは、分かりますよね)(p.127あたりの話)
- 玄米の危険性
玄米の方が汚染物質は多く含まれる。しかし、メリットとリスクを検討した形跡がないまま、食育と称して子供に食べさせている。これは正しいのか? (p.134あたりの話)
- 魚と水銀
Q 授乳中に魚を食べないほうがいいか?
A いいえ。母乳に含まれるわずかな水銀によるリスクより母乳を与える利益の方がはるかに大きい。妊娠中の助言と同様である。
(p.157)
- マスコミとインチキ科学者
メディアが間違った報道をする原因のひとつに、一部の科学者による科学の誤用があります。科学の世界で理論を切磋琢磨するのではなく、マスコミを使ったセンセーショナルな宣伝で時節を売り込んだり研究費を獲得しようとする行為は世界中で見られ、一般の人々の科学への信頼を損ねています。膨大な根拠を丁寧に積み上げてきたものと根拠薄弱な仮説とを同じような重みで扱って、「公平な」報道をしたとメディアが自己満足している限り、改善は難しいでしょう。(p.180)
これ自体は2005年の記事を引用しての紹介。マスコミが単なる無知・不勉強を「公平」で言いつくろうとき、その報道は間違いへと近づいていく。
結局、ここでもニセ科学問題に対処できなかったことが問題を悪化させている。