k-takahashi's blog

個人雑記用

高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学

高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学

高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学

評判の良かった教科書。確かに分かりやすい。

特に本書では、GDP三面等価、企業の収支と国の収支のちがい、国の財政問題といった簿記/会計的な見方が必要なテーマを重視する。これは類書の多くでは必ずしもきちんと説明されないことが多い。きちんとやろうとすると面倒になるからだ。だから経済学を勉強したつもりの人でも、うろ覚えの場合が多い。
でもまさにこの部分は、マクロ経済学をときに直感に反したものにしてしまい、多くの人たちがうっかり間違える落とし穴だ。複式簿記では、借方と貸方がいつも一致しなくてはならない。同じものを、常に複数の面から見なくてはならない。バランスシート(貸借対照表)とP/L(損益計算書)とキャッシュフローは連動しなくてはならない。ところが、往々にして人々は別の面から同じ数字を見ることを忘れて、何か片方だけに関する思い込みでものを言ってしまう。
(No.122)

問題は、この「思い込みでものを言う」が、一般の人だけではなく、記者や学者の肩書きを持ったひとまでやらかしてしまうこと。本書は、そういった間違いを犯さないための基本を学ぶための本である。


私の感想だと、以下の3つが本書のポイントだと思う。

企業の赤字と貿易収支の赤字は意味が違う

英語でも、企業の黒字赤字は "the black / the red"だが、貿易収支は "a trade surplus / a trade deficit"となる。直訳すれば、「貿易の余り/不足」となる。著者は「輸出超過/輸入超過」というべきだ(No.996)と指摘している。

この説明に使っているのが、

(S-I) = (G-T) + (Ex-Im)

の式。これを丁寧に説明し、「赤字=悪」という「落とし穴」にはまらないようにと繰り返し訴えている。確かに、意図してか無能からかは分からないがそういう言説は非常によく見かける。

比較優位ほど誤解されている理論はない。

この理論は、経済学上最大の発見で、誰一人反証できない、古典理論なのです。(No.1446)

これほど、重要なのに、これほど誤解されている理論もありません。
ですが、これを理解しないと「貿易は勝ち負け」「輸出を伸ばし、輸入を抑えれば利益が出る」というトンデモ貿易論に一直線です。(No.1467)

比較優位とは、相手国との競争力比較のことではなく、国内産業における「生産性」競争のことなのです。(No.1608)

つまり、同じ産業における日本と外国との競争力を比べて勝った負けたというのは比較優位の話ではない。国内の産業Aと産業Bとの生産性はどちらが高いかという競争であり、高い方が勝つ。それを全ての国が行えば、皆豊かになる、という理論なのである。
貿易自由化が常に国内の利害調整問題になるのは、この辺が理由というわけだ。

アベノミクスの理論的背景

アベノミクスは、実は色々な経済学のてんこ盛りです。まず、インフレ期待は、ルーカスなどの主張する「合理的期待形成」という経済理論によるものです。1本目の矢「金融緩和」は、フリードマンマネタリストの、「インフレとはいついかなるときでも貨幣的現象だ」という、貨幣供給量が物価水準に影響を与えるとする理論に基づいています。2本目の矢「財政政策」は、言わずと知れた、需要面重視のケインズ政策。そして3本目の矢「成長戦略」は、あえていうなら、規制緩和などをすすめ、需要面より供給力を重視するサプライサイド経済学でしょうか。
(おわりに、より)

これらは完全な理論ではないし、組み合わせて良いかどうかも分からないし、そもそも部分的には相互に矛盾する部分もある。
ただ、個々の理論がどういうことなのかは本書を読めば概要を掴むことができるし、また一部の人が騒いでいるトンデモ理論(例えば、「国際価格が暴落し、長期金利が上がり、ハイパーインフレになることは間違いない」など)をトンデモと見破ることができるようになる。


第6章では、財政金融政策の解説のために IS-LM分析というのを紹介している。さすがにこの部分は他の部分より難しいのだが、それでも「流動性の罠にはまる」というのが「LM曲線の傾きが水平になるため、金融政策を発動しても所得が変わらなくなる」(No.3037)というのは分かる。
そのあとで、アベノミクスの解説が入る。第1の矢は実質利子率を下げることでLM曲線をさげ、所得を増加させる。第2の矢は政府支出を増大させることでIS曲線を右にシフトさせ、所得を増加させる。そういうことを丁寧に説明している。


なんか、全体としては「ニセ医療批判」の本に近い感触だったように感じた。医療とは何か、疫学とは何かということを分かりやすく説明する一方で、ニセ医療のウソを暴くというのがパターンだが、本書は経済学の分野でそれをやっているように感じた。