k-takahashi's blog

個人雑記用

元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略

「100年も継続する」ビジネスモデルを以下のように特徴付けることもできます。
1.歌劇作品を「創って作って売る」垂直統合システムの存在
2.興業ビジネスで最も重要な「自主製作」「主催興行」の質・量両面での充実
3.卓越した独特の著作権管理手法
4.地方での興業を上手く取り込んだ実質的ロングラン興業戦略の実践
(はじめに、より)

本書は「タカラヅカ」の本ではない。タカラヅカに携わったビジネスマンが、タカラヅカビジネスについて解説した本である。実際、スターの名前はほとんど出てこない。
主に平成に入ってからのビジネス展開が中心なので、タカラヅカの歴史、特にコンテンツやタカラジェンヌについてはほとんど触れられていない。


タカラヅカのファンの人が読んでも期待外れだと思う。基本的なものばかりとは言え、ビジネス用語も細かい説明無しで出てくる。逆に、ほとんどコンテンツ知らない私が読むのに全然支障がなかった程度に、個々の作品や女優さんの知識は不要。で、ビジネス書として非常に面白い。


まず、タカラヅカビジネスの規模だが、野球興業と合わせた数字で収益が1100億、利益が142億。浮沈の激しいエンターテイメント業界においては珍しく安定しているところも特徴。(ここに目を付けたプリヴェチューリッヒという投資屋にタカラヅカを切り売りされそうになったのが2006年)
この収益の中心が公演。宝塚と東京の本公演、本公演以外の公演として全国ツアー、バウホール公演、東京特別公演などがあり、更に自主興行、売り興業といったものがある。それぞれどのような位置づけでどのような利益を見込んでいるのかが説明される。面白いと思ったのが「タカラヅカはロングラン公演ができない」というところ。どんな劇団でもロングラン興業は大きな利益が見込めるビジネスなのはすぐに分かるが、タカラヅカはそのシステム上ロングランができないのだ。(再演はあっても、興業は一度切れる) 
一方、日本中に散らばっている劇場は慢性的なコンテンツ不足にあり、そこでの興業は劇団・劇場双方にとって大きな利益になるということもある。なお、値上げ交渉行ったときには見返りとして「地方公演初のベルばら」を使ったというのも面白いエピソード。



終盤にAKBビジネスとの類似点・相違点について解説している部分もある。
公演中心ということは「固定ファン(リピータ)」をいかに確保するかが重要。リピータを確保するには「ストーリーを売る」ことが重要。ここでいうストーリーは個々のコンテンツのお話ではなく、スターの成長物語というストーリー。この辺はAKBもタカラヅカも同じところで売っている。
それを端的に示すのが次の考え方。

早期抜擢で醸成されたファン・コミニティの期待が尻すぼみになってしまわないか、ということです。トップスターになるまで本人およびファン・コミュニティが持ちこたえられるのかといった懸念が出てくるのです。(No.545)

宝塚歌劇のトップスターの地位は「男役10年」と言われるように、そして先にみたような神格化の様々なステップ・ハードルを経た長い道のりを経て初めて手に入れることができるものなのですが、それを手に入れた瞬間に、スター本人も、ファン・コミュニティも、そしてプロデューサーをはじめとする製作スタッフ側もそれに関わる全員が、やがて必ずやってくる「卒業」の日を意識して動き始めます。
私も経験した宝塚歌劇のプロデューサーは、トップスタ−誕生の瞬間に「卒業」の日を意識して制作・組の運営を行うわけですが、その際に最も留意するのはトップスターの「代表作」を制作することによって「神格化されたトップスター」を記録だけでなく記憶に残る存在へと進化させることだといえます。(No.1529)

で、AKBも似たような目標(実現手段は異なる)でやっていると分析している。(例えば、2013年の紅白の利用はAKBによる「卒業ビジネス」の取り組みだ、という分析。他人の箱でやったのは仁義上どうなんだろうとは思うが)


最後に、タカラヅカビジネスの現状と課題を簡単に分析し、「ストーリー」を売るという方針なら「歌劇を作る過程」も公開してしまえないかという案を出している。


こういう分析をして、堂々と本にして出してしまう(これくらいは出しても問題無い、という自信)のはすごい。
あとがきには、

この本で取り上げたエンターテイメントは、宝塚歌劇団AKB48でしたが、他にもプロ野球Jリーグ、そして海の向こうの娯楽ビジネスの最高峰たるWWEアメリカのプロレス団体)など、研究対象、比較対象となるコンテンツが業界には目白押しです。

とある。プロレスを参考にするタカラヅカというのも凄い話だが、別の人のインタビューには、

ビジネス書を読み、乙女ゲーム2.5次元ミュージカルに出会い、といろいろやっているうちに、もう1回、乙女産業の先駆者として、タカラヅカが意識して取り組むべきことが見えてきたというわけです。

宝塚が、乙女ゲームに負けてる場合じゃない (5ページ目):日経ビジネスオンライン

テニミュやら乙女ゲーやらまで。
エンターテイメントビジネスなんだから当然と言えば当然なんだけれど、100年の伝統の上での貪欲さというのはご立派。