k-takahashi's blog

個人雑記用

代替医療のトリック 〜逸話の複数形はデータではない

代替医療のトリック

代替医療のトリック

 少しずつ読んできてようやく読了。
 今更どうこう言うまでもない名著。 ホメオパシーの被害が次々と明るみに出ているタイミングでこの本があったことに感謝するべきなのか、それとも本書が出たからホメオパシーの被害が表面化するようになったのか、どっちなんだろう。

 ホメオパシーをはじめとしたニセ医療にとっては非常に目障りな存在らしく、必死に本書をバッシングしようとするニセ医療関係者がいる。(http://ocnet.web.officelive.com/homoeopathy.aspx とか。)
 著者のサイモン・シンもそういう人達がいるのは承知しているようで、

代替医療はどれもこれもクズだという確固たる信念の持ち主もいるだろうし、逆に、代替医療はあらゆる痛みや病気を癒してくれる万能薬だ、と要って譲らない人もいるだろう。本書はそういう人のための本ではない。(p.16)


 私は、本書で一番重要なのは、ホメオパシーがインチキであることを示している部分ではなく、第1章「いかにして真実を突き止めるか」だと思っている。ジョージ・ワシントン瀉血治療で死んだ例から始まるこの章は、「正しい治療であるとはどういうことか?」と追及するための苦難の道を開設してくれる。統計学ナイチンゲールの苦労も紹介されている。
 ニセ医療家がよく「原理がはっきりしないという理由で代替医療を否定するな」と喚いているが、本書にはこんな記述がある。

 18世紀半ばの医師にとって、果物を与えるというのは奇妙な治療法だった。もしもリンドの時代に「代替医療」という言葉があったなら、当時の医師達は、オレンジとレモンを食べさせるという彼の治療法に、代替医療のレッテルを張ったかもしれない。(p.52)

壊血病の話である。当時ビタミンの概念は無かったが、治療効果は最終的に(ビタミンが見つかる前に)認められている。代替医療を認めさせるのは簡単だ、効果を示せばいい。


 ホメオパシーが良く口にする「好転反応」という言葉がある。それにそっくりな描写がある。

彼が、血液とともに患者の命まで流し去っているとは思わず、瀉血による鎮静作用を、まぎれもない改善のきざしと思い込むのも無理はなかったろう。おそらく彼は記憶を歪め、瀉血を受けたにもかかわらず生き延びた患者だけを記憶に残し、死んだ患者のことは都合良く忘れてしまったのではないだろうか。さらには、成功した例はすべて自分の治療のおかげで、失敗したのは、その患者がどのみち死ぬ運命にあったからであって、治療のせいではないと思いたくもあっただろう。(p.42)

ここで彼とは、瀉血治療を行っていたベンジャミン・ラッシュという医師のこと。彼の人柄は確かに立派だったようだが、人柄が立派だからといって治療法が正しいわけではないということの一例となっている。
 面白いのは、最近の「科学的根拠に基づく医療」では、一部の疾患治療に瀉血が取り入れられているということ。ホメオパシーだって、きちんと探せば役立つシーンはあるかもしれない。(但し、現時点ではプラセボ効果以外はまったく見つかっていないが)


 2〜5章は、鍼・ホメオパシーカイロプラクティック・ハーブ療法の効果がどのように検証されてきたかの歴史の紹介。効果を検証するというのが如何に困難なことであるかがよく分かる。代替医療関係者が、時折現れる都合の良い結果だけを取り上げているということも分かる。ハーブ療法の中には効果が認められるものが実際あるのだが、副作用も見つかっているという指摘も興味深い。


 一つホメオパシー信者に使えそうな冷水があったので引用。

1934年には、新ドイツ医療を全面的に採用した最初の病院がドレスデンに設立され、ヒトラーの右腕ルドルフ・ヘスの名を冠して「ルドルフ・ヘス病院」と命名された。ヘスは新ドイツ医療にホメオパシーを組み込むことに積極的だった。(p.149)

ナチが関わったから偽物だなどという短絡思考をする気はない(禁煙推奨はナチスがやっていたから差別だとか訳の分からない主張をする暴煙者が時々いる。もっとも、「根拠に基づく医療」を否定するという点で、暴煙者とホメオパシーは同類である。)が、実はこのあとドイツ保健省はホメオパシーの効果を検証しようとしたことは記憶するべきだと思う。そして、その結果がどうやら否定的だったという証言があることも。


 代替医療者が議論を挑むのであれば、本書の6章「真実は重要か」の部分だろう。プラセボ効果を根拠に代替医療を積極的に使うことの是非を議論した章である。著者は、

「医療の中には、科学的でない別の種類のものがある」という考え方は、私たちを暗黒時代へと後戻りさせる。自分たちの医療介入の安全性や有効性に目を向けようとしない代替医療セラピストはあまりにも多い。さおういう施術者達は、自分の治療法を支持したり否定したりするために、厳しい臨床試験を行って科学的根拠を得ることの重要性も理解できない。そして、治療法に効果がないか、または安全でないこという科学的根拠がすでに得られているなら、代替医療のセラピストは、両手で耳を塞いでその情報を聞かないようにしながら、これからも治療を続けていくだろう。
 心穏やかではいられない状況だが、代替医療は大繁盛で、人々は、多くの場合は誤った考えを抱いてしまったセラピストによって、ときには大衆を食い物にするニセ医者によって繰り返しまどわされている。
(中略)
もしも代替医療に高い水準が課されなければ、ホメオパシー、鍼、カイロプラクティック、ハーブ療法をはじめとする代替医療のセラピスト達は、社会のなかでもっとも切実に医療を必要としている弱い立場の人達を食い物西、金を搾り取り、ニセの希望をもたせ、健康を損なう危険にさらし続けることになるだろう(p.374)

と書いている。最近明らかになったホメオパシーによる被害者のこととかを思えば当然のことだが、まあ、ここはそうでない主張をする人もいるだろうと思う。


 そうそう、最近ホメオパシー団体がホメオパシーを利用していた世界の著名人、というエントリーを出していたが、19世紀についてはホメオパシーを使うのが「よりまし」な選択肢だったことことも本書を読むと分かる。(もちろん、もっと良い治療法もあったのであって、彼らの選択が結局誤りであったことは変わらないのだが。)