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もっとも美しい数学 ゲーム理論 〜心理歴史学の実現への道

もっとも美しい数学 ゲーム理論 (文春文庫)

もっとも美しい数学 ゲーム理論 (文春文庫)

アシモフ心理歴史学ゲーム理論の行動科学が妙に似通っているのは、実は、この二つが同じ数学を基盤としていることの反映であって、その数学が、ゲーム理論統計力学を融合する。ウォルパートの言葉を反芻していた筆者は、あることを思いついた。人間行動の科学の呼び名にふさわしいのは、心理歴史学でも、社会物理学でも、自然の法典でもない。ゲーム力学と呼ぶべきだ。(p.364)

2008年に出た同名書が文庫化。原著は2006年。
ゲーム理論がいかに広範な分野に広がりつつあるのかを説明し、その先には本当に歴史心理学が実現する(かもしれない)ことを解説する一冊。
平易で分かりやすいとは思うが、巻末のfinalvent先生の解説にもあるように、「混合戦略」「ナッシュ均衡」「囚人のジレンマ」の3つは事前に分かっている方が本書を素直に楽しめると思う。もちろん、本書内にも解説はあるが、この3つの単語を知らない人は、別の入門書を先に読んでおく方がよい。


まずは、アダムスミスの「神の見えざる手」の話。この話は、利益を追求する個々人の動きはバラバラでも、全体として社会はどう動くかを予測したと考えることができる。万有引力の法則のような何かの法則が経済活動にもあるのではないか、というのがスミスの動機としてあったのだろう。そういった「法則があるはずだ」という考え方そのものが、まさに現代のゲーム理論に繋がっているわけだ。
そして、スミスの発想はダーウィンにも繋がる。グールドは「自然淘汰の理論は、その本質に於いて、アダム・スミスの経済学を自然に置き換えたものなのである」と記している。
この2つのエピソードは、ゲーム理論が物理学や生物学といった自然科学と関わる可能性を示唆する。そして、その示唆は本書の後半で現実のものとなっていく。


初期のゲーム理論に対しては、「必ずしもゲーム理論通りにはならない」という批判や実験が多数行われた。ところが、これは人間の活動が利益のみによって決まるわけではないこと、文化と経済活動が絡み合っているということの証拠であるとも言える。言い換えればゲーム理論によって文化と経済活動とが関連している証拠が見つかったということなのである。


第7章では、統計力学ゲーム理論の関連が語られる。統計力学では、一つ一つの分子の運動は問題にされない。むしろ個々の分子の運動が散らばっている(一定の形に分布している)からこそ全体の振る舞いが決定できるのだ。ならば社会においても、個々人の動きが異なるからこそ全体を示す法則が見いだせるのではないか、という話に繋がる。
この話は後半で再び登場し、そこでは「プレイヤーの温度」という言葉が登場する(p.360)。計算の手間を惜しむことを「温度が高い」と表現し、温度が高いプレイヤーは計算高い行動をしない率が増えるのだそうだ。まさに「あつい」のである。


第8章では、コンピュータ(ネットワーク)を対象にして、いわゆる「スモールワールド」が普遍的に存在することを示したことがゲーム理論の成果としてあげられている。
この成果を細胞の動き方に適用することで、新陳代謝の振る舞いが説明でき、また、がん細胞の異常さも「非協力的プレイ」として説明できる。(協力するプレイヤーがが増加し、それを悪用するプレイヤーが増えるとき、懲罰コストをいとわないプレイヤーの重要性が高まる、という見方も面白い。)


本書では、ゲーム理論の歴史も解説されている。私自身、本書を読むまで気がついていなかったのだが「効用」という概念は受け入れられるまでが大変だったのだそうだ。お金というのは簡単に数値化できるが、効用の数値化には色々な手続きが必要だというのは知っていたが、「効用」という概念の導入がそれほど大変だったとは知らなかった。
また、計算コストの問題も触れられている。そして、「参加するゲームが増えると、先例に従うのが合理的になる」という結果も示されている。忙しい人ほど選択肢は惰性的に選ぶというわけで、なるほど、これも言われてみればその通りだ。


物理学とゲーム理論の結合という観点から、膝を打ったのが「量子の混合状態」とゲーム理論の「混合戦略」は同じだろうという指摘。言われてみればその通りで「現実は混合戦略をとっている」わけだ。
同じ視点から、研究すべきなのは個々のプレイヤーが何を考え、何をするべきかということではなく、ゲームを行ったときに何が起きるのかということだ、(pp.355-356)という指摘の重要性も納得できる。個々の人間が何をするかは確率的にしか分からない、それでいいのだ。問題は全体がどうなるかということなのだから。

心理歴史学

量子の振る舞いが確率的にしか表現できないこととゲーム理論で混合戦略を用いるプレイヤーの行動が確率的にしか表現できないこととが対応している。であるならば、個々の分子の状態がバラバラでその振る舞いが確率分布のかたちでしか表現できないにも関わらず統計力学がシステムの振る舞いを正確に表現できる以上、個々人の行動がバラバラであっても社会というシステムの振る舞いを正確に記述できるのではないか。この想定は、当初思っていたほど荒唐無稽な話ではないのかもしれない。


本書を読んでいると、「その数学が戦略を決める」*1や「数学で犯罪を解決する」*2を連想する。あれを読んで面白いと思った人は、本書も読むべきだと思う。

*1:

その数学が戦略を決める (文春文庫)

その数学が戦略を決める (文春文庫)

*2:

数学で犯罪を解決する

数学で犯罪を解決する