k-takahashi's blog

個人雑記用

ベストセラー・ライトノベルのしくみ 〜未来のライトノベル作家が、キャッシュとリスペクトを勝ち取るために

ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略

ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略

何が凄いかというと、

  • 私は本書で扱われているラノベをほとんど読んでいない。
  • 本書を読んでも、紹介されているラノベを読みたいとはあまり思わない。
  • にもかかわらず本書は面白いし、ラノベは良いものだと思った。

というところ。
著者は元ラノベの編集者。ただ、自分には向いていないと考えてラノベ編集からは足を洗ったという。そういう人が、分析的な観点からラノベを語っている。
一歩間違えればラノベ批判になりそうな内容が、ラノベ好きゆえに魅力的なものとして書かれているのが良いところだと思う。

ラノベはポピュラー

著者は、以下のような推測をしている。

ラノベ市場は約300億円。ほとんどが文庫だから一冊600円とすると年に5000万冊売れていることになる。月に10冊買うヘビーユーザが10万人いても1200万冊にしかならないから、残りの3800万冊は広く浅く売れていることになる。残りが月に1冊買う程度ユーザだとすれば、その数300万人。書店POSから推測すれば、この大半が10代だと思われる。現在の10代は約1200万人。その中の300万人がラノベ読者と推測される。
これは矢野研究所の調査「自分をオタクだと思う比率 25.5%」とも符合するから大きく外れてはいないだろう。
いずれにしても、5000万冊市場というのは数百万人を相手にしたビジネス、10代というマーケットの4分の1が対象となるビジネス、ということになる。

ならば、このラノベを分析すれば現代の若者についても語れるだろう。

というわけだ。


そして、

本書は商品としてライトノベルを分析する。だから作品論、なかでも顧客満足を実現するための技術論を中心に据える。ただし顧客の有り様や流通その他の外部環境に影響されないエンターテインメント・フィクションなどない、という前提に立つ。だから、作品論、顧客分析、競争環境分析(事業分析)をひとつの本の中でまとめて行う。(p.20)

ということで、ビジネスとかの話まで踏み込んでいる。その辺がひとまとめになっているところが本書のウリ。シリーズで数百万部売るラノベを分析対象としている。

フレームワーク

本書が提示している枠組みの一つが、「ライトノベルの三層構造」(p.33)である。
エンターテインメント一般に通じる話、オタクコンテンツとしての話、ラノベ特有の話、と3つの層を構成する。

一方、ラノベに求められるニーズとして、「楽しい」「ネタになる」「刺さる」「差別化要因」を設定する。少なくともベストセラーとなる作品についてはこの4要素は全て適切に供給されているとして、それぞれのニーズが三層構造のどこでどのように実現されているのかを幾つかのベスセラーラノベを題材にして解説している。(「刺さる」はシリアスな方向で感動する、というくらいの意味合い。)


ここで「刺さる」というのが興味深い。著者は、

まず端的な事実として、バカ話やキャラのかけあいに終始しただけのライトノベル作品は、ベストセラーには入ってこない。(p.43)

と指摘し、ベストセラーラノベには「刺さる」が不可欠としている。ある程度はシリアスな展開を混ぜないとダメだと言い切っているわけだ。(ここで、「刺さるの調達」という表現を用いているところが、ビジネス視点で面白い。)

作品分析

個々の作品が、上記のフレームワークにどのように位置づけられるか、どう対応しているのかの話は、現物を読んでいない私には「なるほど」としかならないのだが、


「ベストセラー主人公はおおむねポジティブ(p.94)」(楽しいの調達)とか、
「魔法がない世界でキャッチーさを持つ漫画的キャラ造形にするには(p.124)」とか、
「悪いツンデレハルヒタイプ=二面型ツンデレ(p.161)」とか、
「本妻不在型ハーレムと鈍感主人公の困難(p.182)」(刺さるの調達が困難になる)とか、
「現実世界は禁書の設定以上にややこしい力学で動いているに決まっている。しかし、ひとびとは象徴的なキャラクター同士がこぶしや言葉を交わしあって解決に至るという漫画的な、プロセス的な分かりやすさを求めている(p.218)」とか、
ライトノベルにおいては、主役級のキャラクターを通じて世界を描くことはいいが、世界そのものを描くことは望まれていない。ただ世界そのものを描くだけでは、読者のニーズを効率よく満たすことはできないのだ(p.234)」とか、
とか、へえと思う指摘も多く読んでいて楽しい。
(最後のは、世界をじっくり書き込む方法論が10代男性を主たるターゲットとしたベストセラーラノベでは通用しない、ということを意味する。そういうのをラノベでやってもダメだよ、と。)

オタク世代論

本書の分析からは、最近のベストセラーラノベにはいわゆる「セカイ系」の特徴は見られない。著者は「ライトノベルではセカイ系の流行は、すでに過去のものだ」(p.245)としている。


そして、ハルヒエヴァの受容のされ方の違いを使って、著者はオタク世代論の分析をしている。
好かれる主人公タイプを比較した以下の部分とか。

機動戦士ガンダム』のアムロや『旧エヴァ』のシンジのうじうじした主人公像とベストセラー・ライトノベルの主人公像は対照的だ。かといって、第一世代が好んだ『マジンガーZ』の兜甲児や『宇宙船ヤマト』の古代進のような脳天気、あるいはまじめな主人公に回帰したと単純に結論づけることも出来ない。
(中略)
第四世代は、うしろめたい気持ちや韜晦なく、誰かのために戦う熱い主人公を支持している。(p.281)

一応一つの論としてはありなんだと思うが、例によって具体的なところを私は知らないので、面白いというところまで。


ビジネス論

ここも面白くて、お金の観点からラノベの優位性(マンガ雑誌と比較して、初期投資が小さく、投資から回収までの時間が短い)、メディアミックスの有効性(小説、マンガ、アニメ、ゲーム、と投資を徐々に拡大する仕組みなのでリスクをある程度管理できる。そして、それぞれのフェイズで更に小説が売れるようになり、回収はきちんと回る。)などが解説されている。


また、ラノベは多産多死型のビジネスではあるが、儲かるラノベとは売り逃げタイプではなく長く買い続けて貰うビジネス(シリーズで売るから)であり、それゆえソーシャル的なものとの相性も良いということになる。
そして、メディアミックスも含めて長期ビジネスであることから、健全性は強く意識されることになるから、表現規制が強化されてもラノベ業界はあまり困らないということになるようだ。


この辺は、なるほどと思った。
(ビジネス分析の流れから、スニーカーは廃止になるだろう、とかさらっと書いていたりもする。)

補足

p.61の図の対応が逆だと思う。他にも幾つか誤植があるかもしれない。あと、作品分析のところではどうしてもそのラノベを読んでいることが前提になっているようで、分かりにくい部分が多々あった。(キャラ名が統一されていない部分とか)


あと、本書の枠組みがビジネス的なものなので、顧客を10代男性向けに限定した話になっている。そういうマーケットを想定しての分析ということは前提なので別に欠点ではない。10代女性向けとかだとどうなるんだろう?