k-takahashi's blog

個人雑記用

ミトコンドリアのちから

ミトコンドリアのちから (新潮文庫)

ミトコンドリアのちから (新潮文庫)

 キーワードは「協調」と「酸素」。
ミトコンドリアは細胞内でどのような役割をおい、他の器官とどのように役割分担を行っているのかというのが一つ。いわゆる共生説はいまではよく知られているが、それを細かく解説してくれる。そしてそのような役割分担を行うに至った最大の理由が「酸素」である。


 酸素によるエネルギー合成は、酸素を用いない場合と比べて圧倒的に効率が良い(同じ原料から発生させられるエネルギー量は15倍にもなる)。しかしながら、酸素は「劇物」であり、一般的に言って生命を危険にさらす存在である。しかし地球の歴史においてはある時点で、現に酸素が増えてしまった。この環境においては、酸素から逃げる、酸素の害を防ぐ、酸素を積極的に利用する、の3つの作戦があった。そしていわゆる真核生物は第3の選択肢を選んだ。そのためにはミトコンドリアのちからを活用するこが必須となったのである。


 この「酸素との戦い」を念頭に置くと色々なことが理解しやすい。ミトコンドリアが二重袋構造を持っている理由、ミトコンドリアのDNAが短い理由、そしてミトコンドリアが母性遺伝する理由、これらは全て酸素の害を防ぐためなのである。3つめの母性遺伝については、現象自体はよく知られているが、その理由は「受精の際に、精子ミトコンドリアが入ってこないから」だと私も思っていた。しかしそれは間違い。実際には受精時に卵子内に入ってくるのだが、その直後に分解されてしまうのだそうだ。その理由は、精子が運動中に発生する多量の活性酸素の影響で、精子内のミトコンドリアには異常が発生する可能性が高く、そのような異常を取り込むのはリスクが高すぎるため分解されてしまうのだそうだ。
このような感じで、ミトコンドリアの機能と意義が解説されていく。


 蘊蓄も色々と楽しい。ミトコンドリアの色(一般のイメージは緑だが、研究者のイメージは赤だそうだ。ヘモグロビンの影響で血液が赤いのと理由は同じだとのこと)の話や、水素ガスによる活性酸素の害の抑制(インチキ商品の話とは別)、日本人のミトコンドリアDNAをグループ分けしたハプログループ(7種類に分かれるらしい。ミトコンドリアのDNAの違いは、エネルギー制御に直結するので、血液型なんぞよりもよっぽど影響は大きそうだ。もっとも、「性格」をきちんと定義しないかぎり、迷信に堕することになるが)などなど。


 研究史(論争史)の話も面白いです。科学者をやるのも大変だということがよく分かる。


 ところで、一点。ワールブルクという研究者のエピソードが紹介されており、彼が癌の研究に取り組む一方、「人口肥料や漂白剤が癌の原因になる」というこだわりがあったのだと言う。勿論、これは程度問題なのだが、本書ではかなり無批判な形で彼のこだわりを讃えている。まともな科学紹介をしている本だけに、こういう脇の甘さは残念。