k-takahashi's blog

個人雑記用

組織のイノベーション

空軍創設と組織のイノベーション―旧軍ではなぜ独立できなかったのか (ストラテジー選書)

空軍創設と組織のイノベーション―旧軍ではなぜ独立できなかったのか (ストラテジー選書)

 「旧日本軍では独立空軍が創設されなかった理由は何か。自衛隊創設時に航空自衛隊が創設されたこととの違いは何か」について検討した一冊。この課題自体は軍事的な側面を持つものだが、これをイノベーション(この場合は航空機の発明)とそれを扱う組織の問題だとして捉えると、一般的な課題となる。
 一般に組織においては、複数の人間が協力し合って目標を達成する。そのために「分業」が行われ「専門化」におって効率化が図られることになる。そして状況が変化すると、変化に対応するために組織内の機能が「分化」「専門化」する。「分化」が進展すると、別組織を作る方が、目的達成に有効とされるようになり、「組織の分離」が起こる。
 航空機の場合、陸海軍がまず航空部隊を所有したわけで、それが「空軍」として分化したわけだ。


 旧軍での議論は1940年代にも検討され、このときは分化は起こらなかった。一方、自衛隊の創設(1954年)では空軍(航空自衛隊)が設けられている。何が違ったのか、というのを本書では解説している。


 まず、航空機というイノベーションの影響を分析し、空軍を独立させる必要性について議論する。本書では、ドゥーエ、ミッチェル、セバスキーの3者の意見を紹介している。戦略爆撃、制空権、対地支援、行動半径あたりがポイントになる。
 次に諸外国の例を紹介。イギリスは第一次大戦中に空軍を独立させ、ドイツは1935年に再軍備と共に空軍を創設、米国は第二次大戦後に独立させた。米国が大戦後なのは、B-29戦略爆撃でえらい目にあった日本からすると奇異な感じだが、実質的には独立に近い状態だったらしい。で、戦後にトルーマンのリーダーシップで形式上も独立となったようだ


 その後で、旧軍での空軍独立に関する議論を紹介している。


 そして、それらをまとめる枠組みとして、キングダンの「政策の窓」理論を採用する。そこでは、なんらかの環境の変化があったあとで、「問題認識」「政策提案」「政治」という3つの要素がマクロ的に揃わなければならないとされる。
 問題認識については、まず、大東亜戦争末期になるまで直接的な危機感を持っていなかったとしている。逆に航空自衛隊創設時には、大戦の記憶とともに、ソ連機の侵犯の頻出という事実が共有されていた。
 政策提案については、陸海軍の国防方針の不一致(南進・北進とか、対ソ・対米とか、よく指摘されているあの話)が、政策案としてのまとまりを得られなかった理由だとしている。航空自衛隊のときには、ソ連の脅威ということでは一致がとれていた。
 政治については、軍政と軍令の分断(いわゆる統帥権問題の現れでもある)のため、政策案対立に対して政治的解決ができなかったとしている。


 加えて、政策案がまとまる条件として「戦略的合理性」「技術的合理性」「組織的合理性」を満たさなくてはならないことを指摘する。戦略的合理性とは、政策案が目標(軍事的な観点から)の効果的達成に寄与し、上位目標(国家目標)との一貫性が確保されているということである。技術的合理性とは、政策案が技術的に実行可能であるということである。組織的合理性とは、政策案が部分最適を求める既存組織が受け入れ可能な案であるということである。(これは単なる抵抗勢力という意味ではない。既存組織はそれぞれの目的を持っており、そのための「テクニカル・コア」を高めていく。テクニカルコアへの影響が大きい要素は、目的達成のための不確実性を下げるに内部に保持する方が合理的なのである。その調整が必要ということ)


 こういった視点から、空軍創設を題材に組織分離という政策実現の要件をまとめていく。


 本書は一応軍事という範疇に入るが、組織分離をどうするかというのは非常に一般的な課題であって、この枠組みを知っておくのは意味があると思う。コンピューターとか情報技術とかの技術的イノベーションが、会社組織に与える影響(生産管理システムと人事管理システムとがあったとしてそれを全社としてどう扱うか。情報部門として独立させるか。独立させるとしたらどのようにするか)と思えば、まさに身近な課題に他ならない。
 そうすると、「問題認識」「政策提案」「政治」という条件。さらに政策提案がまとまるために必要な3つの合理性確保、という視点は有用だ。(本書内では、もっと詳しく記述されている)


 技術系の人間(私を含む)がしばしば、戦略的合理性の提示が不充分であり、組織的合理性への配慮に欠けることへの、自戒も込めて。