- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/06/25
- メディア: 雑誌
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なんといっても、巻末の「全翻訳作品リスト」が圧巻。短編、単行本、共訳など全部で1000編近い。
翻訳短編は5編が再録されている。翻訳の妙を、という観点からの選択なのだろうか、あまりSF色は強くない。気に入ったのは「信号手」(キース・ロバーツ)と「このあらしの瞬間」(ロジャー・ゼラズニー)。どちらかというと信号手はファンタジーっぽいし、あらしの方も一応SF的設定が裏にはあるにはあるというレベル。SFマガジンに載るのに不自然が無い程度には、という感じ。
しかし、どっちも文章うまいなあ。原文と翻訳の低い方に揃うわけだから、これはもう大変なこと。
円丘のどちら側にも、まだら模様の土地が大きなうねりを見せて広がり、その向こうはしだいに氷霧で薄れて、遠い山々の輪郭は擬乳の空に溶け込んでいた。たえまなくこの荒地の上を吹きすぎる寒風が、雪しぐれを追い立ててゆく。その雪しぐれが幽霊のようにちらついたり消えたりする以外、この広漠たる景色の中には動くものとてない。(信号手 冒頭 p.11)
伍長は高架歩路に登りメッセージを見台に留め、ハンドルをじわじわ前に動かして、張った氷をとりのけていった。それから両肩に力をこめ、鋭くハンドルを引いた。死んでいた信号塔が目覚め、腕木がしじまの中でカタッと音を立てた。「注目、注目……」つぎに「発信起点」の信号と、東行きの符号。腕木の動きで剥がれた氷の結晶が、小さな雲を作り出した。雲は灰色の空を背にきらきら輝きながら、静かに落ちていった。(信号手 p.35)
むかし地球でわたしのついた哲学の教授は − たぶん講義のメモをどこかへなくしたからだろうが − ある日教室へはいってくると、ものの三十秒ほど、十六人の生け贄の顔を穴のあくほど見つめた。それから、おごそかに咳ばらい一番、やおらこうたずねた。
「人間とはなにか?」 (このあらしの瞬間 冒頭 p.67)
見えない都市の中にか?
私の中にか?
宇宙空間はつめたく静かで、地平は無限に遠い。移動の感覚はまったくない。
月はなく、星ぼしは眩ゆく燃えている。砕けたダイヤモンドだ、すべてが。(このあらしの瞬間 p.90)