k-takahashi's blog

個人雑記用

日露戦争、資金調達の戦い 〜戦争にはお金がかかる

『A君の戦争』に「外債を買って貰うためには戦勝が必要」といった話が出てきていたが、その元ネタが日露戦争高橋是清による外債発行。
高橋是清のエピソード自体は、『坂の上の雲』にも出てくるが、米国の投資銀行ヤコブ・シフが、ロシアのユダヤ人弾圧に反対する立場から外債を買ってくれた、というような描写になっている。


しかしながら、投資銀行の投資がそんな理由で決まるはずがない。すべてがそろばんから生まれるわけではないにせよ、投資判断にはそれなりの裏付けが必要である。
本書は、欧米の投資家がどういう判断から日本の外債を買ってくれたのかを解説し、資金調達の面から日露戦争を振り返るという一冊である。
なので、日露戦争の通史くらいは頭に入っていないと読みにくいだろう(『坂の上の雲』レベルで充分)。


日本が外債を必要とした理由は一つ。「金本位制の維持」。これは日本だけでなくロシアも同じで、金本位制を維持できなければ国際取引が事実上止まってしまう。それでは国が維持できないのである。つまり、金本位制が維持できなくなれば、国際的にはその国は崩壊したと見なされてしまう。これは敗戦に等しい。つまり、外債が建てられなければ敗戦なのである。


まず、ヤコブの銀行が高橋是清の前に現れたのが偶然でも民族弾圧への反感からでもないことが説明される。ヤコブの率いるクーン・ローブ商会は当時JPモルガンと強烈な競争を繰り広げていた。それが一区切り付いたところで、モルガンは大西洋に、シフは太平洋に目を向けた。そして、その太平洋の反対側で戦われたのが日露戦争だった。彼が関心を寄せるのも当然だったわけだ。
(そして、米国投資家の基本的関心が満州地域への投資だったにもかかわらず、戦後日本は米国資本を満州開発から閉め出してしまう。これが日米戦争へ繋がっていってしまうわけなのだが、米国資本を閉め出した理由が世論対策で、世論が沸騰した理由が賠償金問題で、結局金の話だというところがまた。ただ、これがロシアの対米メディア工作の結果なのだが、最近も宣伝戦でやられ放題というところが、戦訓を活かせてないな、と思う)。


他にも、戦勝が必ずしも有利な外債発行に繋がっていないのも面白い。例えば南山での勝利は「戦域が拡大するほど戦費の増加が見込まれ、日本の正貨不足は深刻な状況が予想される」(No.2195)となり、むしろ悪い材料になっている。遼陽会戦も同様で日本公債が売られている。有名な二〇三高地奪取も株価に影響していない。そしてこの時点でなお、日露の公債スプレッドは日本が下だった。つまり、金融市場では、日本の破綻確率の方が高いと見られていたのだ。
公債の利回りの推移のグラフが No.3580に出ているのだが、日露戦争の戦闘結果よりもロシアの国内事情(『血の日曜日事件』など)の方が影響が大きいことが分かる。実は兜町のチャートも似たようなものになっている。

更に、ロシアが日本公債の値崩れを狙っていたという話まで出てくる。こうなると完全に戦場である。
(さすがに、日本海海戦は顕著な影響が出ている。)


大きく教訓とすべきなのは、経済問題の重要性とそれを理解しない連中の足の引っ張り振り。経済最優先にしろとは言わないが、理解しておかなくては国家レベルの話はできない。
今一つは、上にも書いたが、最後の最後でロシアの宣伝戦に負けたこと。それが色々とあって米国関係者をないがしろにし、戦争へと繋がっていってしまったあたり。


戦争の話をするのに兵站の話は不可欠だが、その兵站の裏付けとなるお金の話がたっぷりと読める一冊。日露戦争に興味のある人は必読だと思う。あの戦争への見方が、確実に一段深まる。