k-takahashi's blog

個人雑記用

太平洋戦争のロジスティクス 〜気持ちは分かるけれど

太平洋戦争のロジスティクス

太平洋戦争のロジスティクス

SF作家・架空戦記作家の林譲治先生が、旧日本軍のロジスティクスについて調べた結果をまとめた本。その問題意識は「はじめに」に書かれている。

まず考えるべきは「兵站補給失敗」の原因を「兵站補給の軽視」とする解釈が妥当かどうかという点だ。確かに兵站補給を軽視すれば、兵站補給の成功は期待できないだろう。
だが兵站補給の失敗を根拠に兵站補給を軽視していたと結論づけられるだろうか。
(No.15)

この問題意識をもとに、旧軍の組織・人事・教育などの資料を掘り起こし、具体的にどのような施策がなされていたかを調べている。

もし日本陸海軍が本当に兵站補給を軽視していたらならば、そのような人材育成の組織は存在していないはずなのだ。
この事実を受け入れるとして、我々は新たな疑問に直面するだろう。日本軍が兵站補給を重視していたのなら、なぜそれに失敗してしまったのか、と。
(No.29)


本書で林先生がロジスティクスで捉えているのは、最前線への物資の輸送だけでなく、後送や資材の手配にまで及ぶ広い意味でのロジスティクスで、その点から様々な事実を紹介してくれている。
第二章では生産・貯蔵施設、第三章では経理機関、第四章で輸送部隊、第五章で機材といった感じである。鉄道貨車や馬(飼料)とかも細かく紹介されているのが面白い。
車を活用するには(いや、馬であっても)道路の整備が欠かせないことも書かれている。「整備された良道と不良道では、ガソリン消費量の差は一対七であるといわれる」(No.2839)といって飼料も紹介している。これは、馬が輓馬ではなく駄馬中心だった理由でもある。
組織や教育、人事なども細かく紹介していて、散逸した資料が多いなか苦労が偲ばれる。


そして第六章で、マレー作戦とインパール作戦を取り上げ、

兵站補給が成功しない限り、電撃戦は成功しない。つまりマレー作戦が成功するためには、現実に幾つもの齟齬があったとしても、兵站補給の成功が必要不可欠となるだろう。つまり兵站補給の成功があったからこそ、マレー作戦は成功した。(No.3245)

としている。人材確保や教育が成功したことを示すエピソードとして

廠長の高屋守三郎大佐の行動である。同大佐は、遺棄自動車の走行距離と燃料残量から統計的にイギリス軍の補給場所を割り出し、その付近を捜索することで3000〜4000本のドラム缶を発見したという。(No.3287)

を紹介している。確かに、偶然でできることではない。


それでは、戦争体験ものでよく出てくる「何もこない」は何だったのか?

多くの体験談、手記で語られている「補給」とは、輜重や行李のことであり、兵站補給という巨大な業務群のごく一部を指しているに過ぎない。
また体験談としては、砲弾や弾薬、燃料不足で苦労した話よりも、圧倒的に糧食が滞った話が多い。もっとはっきりいえば、戦場での飢餓の話だ。最前線で飢餓状態に置かれ、占有が餓死するような場面を体験した人々が「日本軍の補給の失敗」を感じるのは当然すぎるくらい当然の話だ。(No.3588)


つまり、「補給を重視していたが、うまくいかなかった」と言うべきであって「補給を軽視していた」という見方はおかしいのではないか、ということである。


気持ちは分かるが

日米戦については「そもそも始めたこと自体が間違い。それ以外のことは、全部些事」という言い方があって、それはおそらく正しい。
「補給が失敗した」ことは「補給を軽視していた証拠」にならないというのは、一理ある話である。が、「補給を重視していた」とまで言うなら他の施策と比べてどうだったのかというのを評価しないといけない。残念ながら本書にはそこまでの記載は無い。


ロジスティクス軽視を批判する本として有名なものに『海上護衛戦』*1がある。細かな内容が正しいかどうかの細かい検証は別途必要だとしても、あの本は「他の要素と比較してロジを軽んじていた」という批判だと言ってよい。

あるいは生産計画の話であれば、『昭和16年夏の敗戦』*2の中に、国内の石油の量が分からないという話題が出ていた。ロジスティクスで重要なのはまず計画だというのは分かるが、石油が原因で始まったとされる日米戦の直前の状況が「石油の量が分かりません」であれば、やはりロジはだめだったとしか言いようがない。


それはおそらく林先生も分かっている。
ロジスティクスのために努力した人達がいて、その人達の功績を否定するのはおかしいというのは私も同意する。以前読んだ戦闘糧食の本にも苦労・工夫のことはたくさん書かれていた。旧軍でもロジのために働いた人達はたくさんいた。(そもそも20世紀以降の地球において、米軍の補給と比べたらどこの軍隊だって見劣りするのはしょうがない。)


でも、組織全体としてどうだったかというのは、個々人の努力とは別の話。

本書の序章に「会社対抗の野球大会」を例にロジスティクスを説明している部分がある。この例を事業全体に広げて「戦争に負けた → 事業が失敗した」になぞらえてみるとよい。
それまでサプライチェーンをきちんと整備してきたとしても、競合に無謀な競争を仕掛けた結果生産流通を破綻させ事業が崩壊してしまったとしたら、根本的な原因が事業戦略ミスであっても「サプライチェーンを重視した」とは言えない。旧軍のロジも同じようなものだったのだと思う。


なので、「重視していた/軽視していた」の二分法ではなく「どの程度」という話が必要。そのためのとっかかりになる本なのだと思う。

*1:

海上護衛戦 (角川文庫)

海上護衛戦 (角川文庫)

*2:

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)