- 作者: コリングレイ,Colin S. Gray,奥山真司
- 出版社/メーカー: 芙蓉書房出版
- 発売日: 2009/08
- メディア: 単行本
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一見ありがちな企画のようだが、この40の格言はすでに有名な格言であり、それらをなんとなく集めたのではなく、首尾一貫した形でまとめたのが本書だそうだ。そして、
各項では現役の戦略家である私の考え方が散りばめられており、それぞれの格言の意味が説明され、重要性が強調され、それらを無視した場合の危険性も示されている。(p.8)
というところが面白い。特に最後の「無視した場合の危険性」は重要だろう。
さて、その40個だが書き出すと以下のようになる。
パート1 戦争と平和
1.最も重要なのは戦争の「コンテクスト」である
2.戦争は平和につながり、平和が戦争になることもある
3.戦争をするよりも平和を形作る方が難しい
4.戦争は効く しかし意図しなかった結果や不測の事態は常に発生する
5.平和と秩序は自律的なものではなく、誰かによって維持・管理されなければならない
6.政治体だけではなく、社会や文化も戦争と平和の形を決定する
7.理性は戦争の上に君臨しているが、激情と偶然はそれを支配しようと脅かす
8.戦争には戦闘行為よりも多くのことが含まれている
9.政策はたしかに王様であるが、その王様は戦争の本質や性格については無知であることが多い
10.戦争は常にギャンブルである
パート2 戦略
11.戦略に関する知識は致命的に重要だ。戦略研究の炎は灯し続けられなければならない
12.戦略は、政策や戦術よりも難しい
13.まずい戦略は致命的だが、同じ事は政策や戦術にも言える
14.もしトゥキディデス、孫子、そしてクラウゼヴィッツが語っていなければ、それはおそらく語る価値のないものだ
15.今日の「流行の戦略コンセプト」は明日になると陳腐化するのだが、それもいつかは再発見、再利用されて「新しい真理」として掲示される
16.敵も決定権を持っている
17.時間は、戦略の中でも最も容赦の無い要素だ
18.摩擦は避けられないものだが、必ずしも致命的なものではない
19.すべての戦略は、「地政戦略」だ。地理は根本的な基礎である
20.戦略のすべてが軍事に関することではない
21.不可能なものは不可能だ。まだ解決法が見つかっていないのは「問題」そのものではなく、その状況を作っている「条件」のほうだ。
パート3 軍事力と戦闘行為
22.人間が最も重要である
23.軍事力は政治における最後の手段だ
24.軍隊の優秀さは、戦争における活躍によってのみ証明される
25.軍事面での優秀さも戦略の成功を保証できるわけではない
26.戦闘での勝利は戦略的・政治的な成功に必ずしもつながるわけではないが、戦略・政治面での敗北は確実に失敗につながる
27.戦争で大切なのは火力だけではないし、敵は単なる標的のまとまりではない
28.ロジスティクスは戦略的チャンスの裁決者である。
パート4 安全保障とそれに対する脅威
29.苦しいときはまたやってくる
30.外には常に暴虐者や悪者、ならず者、そして愚か者がいるが、内にも外を及ぼしてくる奴らがいる
31.超大型の脅威は必ず現れる
32.慎重さというのは、国家運営と戦略における最高の美徳である
33.戦略史では善意が罰せられる
34.防衛費は確実なものであるが、そこから得られる安全保障上の利益は不確実で議論の余地が残るものだ
35.軍備はコントロールできるかもしれないが、「軍備管理」はコントロールできない
パート5 歴史と未来
36.本当に重要なものは変化しない。近代史は「近代的」にあらず
37.歴史は何かを「証明」するために濫用されることもあるが、それでも未来を見通すために我々に残された唯一のものだ
38.未来は予見できるものではない。今日にとっての「明日」ほど素早く過ぎ去るものはない
39.サプライズは避けられないが、それが及ぼす影響は防げる
40.悲劇は起こる
本書の読み方は、まず最初の格言を読み、その後で何が語られるのかをざっと想像してから本文を読む、というやりかたが良いと思う。何が違うか、何が重要か、何をグレイが重視し、それが自分の考えとどう違うのかなどを考えながら読むのが、この本の読み方なんだと思う。
以下、備忘録をかねて引用とか感想とか。
1.最も重要なのは戦争の「コンテクスト」である
戦略を決定したり実行したりしなければいけない実践的な人々は、常に簡単な近道を探そうとするのだ。したがって、七つの最も重要なコンテクストの複雑な関係を強調するのは、彼らにとってあまり役立つものではない。戦略は実践的な仕事である。政府高官や軍人がほしいのは解決方法であり、「使える答え」からはほど遠いような「複雑さを理解すること」ではないのだ。そのような事情から、戦略では常に「テクノロジーによる解決法」や「他文化の理解」それに「歴史の理解」など、一つのコンテクストに片寄った解決法が注目されることになる。悲しいかな、歴史の個別のケースの中での重要度のバランスは違えども、これらの七つのコンテクストがすべて重要だというのは事実なのだ。(pp.25-26)
一方で、複雑な軍事行動はうまくいかないことが多い。
なお、7つのコンテクストは「政治」「社会・文化」「経済」「テクノロジー」「軍事・戦略」「地政学および地勢戦略」「歴史」。少なくともこの7つを考慮していないものは、戦略と呼ぶに値しない。一つでも見落としがあると失敗につながるのであり、この七つについては最低限のレベルを達成しておくことが必要。
4.戦争は効く しかし意図しなかった結果や不測の事態は常に発生する
この格言の中にある警句は「戦争は効く」という冷酷な主張を裏付けるようなものだが、だからといって、逆に戦争の行使を奨励するための主張として扱ってはならない。(p.46)
本項の格言は、たとえ戦争の効果があったときでも、そこには支払わなければならない対価があり、その対価も様々な「通貨」、つまり血や税金、影響力、名誉は評判などによって支払われる必要がある。(p.46)
戦争には効果があるということを認めなくてはならないが、当然ながらコストがかかるということ。前者を認めない人は多い。
7.理性は戦争の上に君臨しているが、激情と偶然はそれを支配しようと脅かす
この病理の一つ目は、政策の「理性」という部分が「激情」というたった一つの要素に文字通り「支配されてしまう」ということであり、二つ目は、政策が戦闘行為に必要とされるものに完全に乗っ取られてしまうと言うことだ。前者は、政治システムの性質の根本を問うような「政府は国民の意見に対してどこまで反応するべきなのか」という問題を提起しており、後者は政府が軍を管理する際の障害となっている。(p.71)
戦前の日本とか、この辺がダメだった。
8.戦争には戦闘行為よりも多くのことが含まれている
実際には軍隊が解決できるのは軍事的な問題だけなのであり、アメリカが軍事的成功を政治的成功へと結びつけることができるかどうかというのは、アメリカ人が戦略や政策という上位レベルでどこまで良い仕事ができるか、という点にかかっているのだ。戦争の中で実際に死人が出る戦術レベルの行動も、実は単に政治面での成果を上げるための一つの手段でしかない。(p.80)
イラク問題そのもの。
11.戦略に関する知識は致命的に重要だ。戦略研究の炎は灯し続けられなければならない
戦略とは何であろうか? 軍事面だけに狭く限定すれば、これは政策と軍事力の世界をつなげる「橋」である。つまり、軍事力のために政策の意味を解釈するのが戦略であり、政策の目的を達成するために使われる軍事力はその脅しを使う際の、一定の枠組みを作り上げるものなのだ。(p.102)
12.戦略は、政策や戦術よりも難しい
今日の国家、特に西側の民主制国家の戦略家にとって、政策と軍事的手段をつなげる「橋」を守るよう方法は残されていないのだ。戦略という橋の守護者として、戦略家は政治家と軍人の間で規律のある対話が交わされることを約束しなければならない。結局の所、戦略家というのは政治的なゴールを満足させることができるような軍事力の使い方の枠組みを考えなければならないのだが、同時のそれが戦術的・兵站的に実行可能で無ければならないのだ。(p.108)
グレイは「橋を守る」という表現をしている。政策側や軍事側がこの橋を支配しようとしている、というのを暗に批判しているのだろう。
22.人間が最も重要である
戦場の実情や個人の身の上で何が起こっていたのかを伝える著作の弱点は、それらが必然的に「戦略はそれほど重要ではない」ということを示すことが多いというところにある。(p.185)
戦闘の様子というのは戦争のすべてを表しているわけではない。実際の所、この戦いの中の人間的な要素だけに集中して見る視点というのは、その要素を過大評価してしまうリスクをかかえている。(p.185)
これは戦争に限らない話で、陥りがちな罠。
23.軍事力は政治における最後の手段だ
戦略家というのは、あまり厳しくない政治状況の中で良いアドバイスを与えるような格言については特に警戒しなければならない。なぜなら、本来戦略家というのは、実際に自分たちが使う戦略というものを、安全保障面では比較的に良い状態よりも、むしろ悪い状態の中で選択する義務を背負っているからだ。(p.191)
指輪物語で「ガンダルフが来ると災難が起こる」と書いてあったのを思い出した。
それほど緊迫していない状態でのアドバイス方針と、非常に危険な状態でのアドバイス方針とは分けなくてはいけない。個人レベルでモードを切り替えられるなら良いが、そうでなければスタッフを切り替えるという方法も必要となる。
28.ロジスティクスは戦略的チャンスの裁決者である。
ロジスティクス面が充実しているということは多くの戦略的チャンスにおいて裁決者になるということだが、逆説的に考えると、このような「充実」は、戦闘を行う兵士を多く必要とする部隊の中から兵力を削って、いわば戦闘力を犠牲にして得られたものであることが多いのだ。(p.229)
米軍のロジ重視は評価する文脈で語られることが大半だが、その分戦闘力は下がっているかもしれないという指摘。
長期的な観点からはロジ重視で正しいと思うのだがなあ。
32.慎重さというのは、国家運営と戦略における最高の美徳である
外交交渉を有利に進めるために脅威を積極的に使おうとするこの「核武装したギャンブラー」は、ともすると自分以外の全員が持つ核兵器のリスクへの嫌悪を逆に利用することによって、自らの危険な賭を懸命な手段へと変化させてしまうのだ。(p.255)
ぶっちゃけ、北朝鮮とかイランとか。
訳者あとがきにもあるように、著者のコリン・グレイはいわゆるタカ派に属するリアリスト(本人は「ネオクラシカルリアリスト」と言っている)なので、読んでいて「そこまで言うかね」と思うところも多いのだが、彼の指摘する課題はたしかに考慮すべきものが多い。
むしろ、タカ派以外の人こそが冷静に本書の指摘を検討しなければならないはずだ。