- 作者: 呉座勇一
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2018/03/09
- メディア: 新書
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日本中世史の幾つかの事件について、現時点での主流の解釈と合わせて、俗説、学説の推移、トンデモ論といったものまで解説している。
本書では、先行研究を押さえつつ、日本中世史における数々の陰謀・謀略を歴史学の手法に則って客観的・実証的に分析していきたい。なお、本書で扱う陰謀・謀略の中には、読者にとってなじみの薄いと思われるものも含まれている。これは、なるべく多くの陰謀を俎上に載せることで、陰謀の法則性を導き出したいからである。本能寺の変について明らかにしたければ、本能寺の変だけを見ていてもダメで、歴史上の陰謀との比較が必要なのである。
(まえがき、より)
ということで、保元・平治の乱、源平騒乱、鎌倉幕府、足利、応仁の乱、本能寺、関ヶ原、のそれぞれの時代に起こった陰謀・謀略と今では否定されている説などを紹介している。
どれもこれもごちゃごちゃしているというのは実感で(特に応仁の乱はひどい)、分かりやすい俗説が望まれるのも分かるよなあという感想は持った。ただ、そのごちゃごちゃしているのを解きほぐすあたりが、面白いところでもある。科学史が面白いのだから、歴史史だって面白いわけですよ。それが本書のポイント。
ちょっと気になったのは、成功した陰謀・謀略については本書ではわりとさらりと流しているのだが、そういうった辺りに対して、本書で批判的に扱っている諸説に対するもののような検証はあまり記載されていない。「そっちの話は本当に本当なの?」とは読んでいてちょっと感じた(もちろん、検証しているはずだけど)
ニセ科学関係
終章の「陰謀論はなぜ人気があるのか?」というところには、トンデモ論の見分け方があり、ニセ科学の見分け方と似ているところが多い。ある程度科学に慣れ親しんでいると、「なぜそんなニセ科学に?」と思うことが多いが、私が歴史関係のごちゃごちゃしているのを「分かりにくいなあ」と感じるのは、おそらく科学に慣れ親しんでいない人が「科学は分かりにくいなあ」と感じるのに近いのだろう。
本書を読むと、科学において大半の「ニセ科学」は「間違っていた説」ではなく単にトンデモであるように、歴史分野においても「様々な仮説」とはまったく別のレベルで「トンデモ説」があるのだというのが分かる。そして、その明らかなトンデモを見分けるだけなら、それほど難しいことではない。
陰謀論は楽しめる
科学を楽しむのとオカルトを楽しむのは一人の人間の中で同居できる。だから、歴史をきちんと学ぶことと、トンデモ史(というか趣味的に楽しむなら「講談調」とでも言えばいいか)を楽しむことも同居できるはず。
シミュレーションゲームでも、イベント的に陰謀的事件が取り入れられていることはあり、これはこれで面白い。そこは否定しなくていい。ただ、歴史学は歴史学できちんと知っておく方がいいわけ。この界隈だとパウル・カレルの件があるが、本書の中でも「執筆意図を考えると記載が信用できない」という話は何度も登場する。