k-takahashi's blog

個人雑記用

プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン

 

シン・エヴァの制作進行を務めた成田和優氏が、シン・エヴァ制作全体をまとめたもの。元JAXAの方なのだが、そのJAXAでもプロジェクトについてはまとめたものが少ない(むしろ、失敗した場合の方がきちんとまとめられている面もある)のだそうだ。そういった中で、一流のメンバーがシン・エヴァという成果を成し遂げたということは、唯一性・有期性からみてプロジェクトであり、その記録を残そう、ということになったそうだ。

 

体制とか進め方とかの話が半分ぐらい、もう半分はやはり庵野秀明という人間の記録/分析になる。で、今回のように仕事関係だと思ってPM的に見る場合には進め方の話が中心になる。

 

費用が32.65億円とかはっきり書いてあるところにまず驚いたが、期間(スケジュール)、工程分割とその内容、体制やオフィス(制作環境)、マネジメントなどがかなり詳しく書かれていて、単純に面白い。

 

全体として面白いのはリスク管理まわり。長い歴史(と数多の失敗)を経てコンテによるコントロールという方法を確立したアニメ制作について、これを敢えて否定するような作り方をしている。そのために必要とのなる条件をどのように整えたか(一番大きいのは資金であって、資金を得るためにカラーが積み重ねた活動も書いてある)、リスク管理はどうやったのかが重要になる。

リスク管理自体は、結局は対応するリソースを用意しておく、最終的な判断ができるような体制を整えてそれをメンバー全体が納得しておく、ということになる。それを徹底しているのが読んでいるとよく分かる(リテイク工数とかかなり多く積んでいるのだろう)し、庵野秀明というコアコンピンタンスがあってのことなのでそう簡単に真似できるものでもない。

庵野さんの言う「偶有性」「不確実性」というのは、いわゆるアジャイルに方法論としては近く、そこに似ていると感じる部分も多い。ただ、アジャイルの方法論でシン・エヴァ体制が作れるかというとそれも違うだろう。

 

他に、面白かったのが

・コミュニケーションが最も確実で強力な進捗管理ツールである(p.65)

・差し入れ:色々な差し入れについてp.67に紹介されているが、「これらは些細なことのように見えて、コミュニケーションの活性化や士気に影響するとともに、新型コロナウイルス感染症流行による飲食店の営業自粛や営業時間短縮等の諸状況対処においても大きな助けとなった」(p.65)だそうだ。

・ITインフラについて色々苦労したことも書いている。そこで映像制作における必要性をアピールする機会を意図的に増やしたのだそうだ。(p.79)

・シン・エヴァはカラーの単独出資だが、これはリスクが集中することを意味する。リスク分散のために、社内に複数事業(制作、版権活用、不動産、など)を持つことでリスク分散を図った(p.106)

など。この観点からライセンス関係も単なる儲けではなく、作品価値向上を狙ったうえでリスク分散するという目標があり、それに沿って行っていることが説明されていた。(パチンコとかでもきちんと方針は維持されている)

 

本書はプロジェクト・マネジメントの教科書となるような本ではない。庵野秀明とか過去の作品とかを持っているプロジェクトなんてそうそうないから。一方で、PMBOKで書かれている話はここではどのように捉えられているのか辺りを考えながら読むと面白い。応用事例としての副読本になるのだと思う。