k-takahashi's blog

個人雑記用

帝国ホテル 厨房物語 〜チャンスは練って待て

リアイアしたり、老いを意識しすぎたりして元気をなくしている方々に、元気を差し上げたい、そんな気持ちもあった。夢を持ち続ける限り、いくつになっても充実感を保てることを伝えたい。コック兼企業人の記録だから、現役のサラリーマンの方にも読んで頂きたい。料理の話も出てくるから、フランス料理が大好きな方々も興味深く読めると思う。少し欲張りだが、若い料理人諸君や、料理人を目指して研鑽に励む若い方にも是非読んで欲しい、と願っている。
(はじめに、より)

元帝国ホテル料理長、今日の料理の講師の村上信夫氏。丸っこくてニコニコしている写真が残っているが、ああ、この顔見覚えがあるな、と思った。


その村上信夫氏が、2001年に日経新聞の「私の履歴書」に掲載した内容をまとめて一冊の本にまとめたものが本書(2002年刊)。昭和史のエピソードとしても面白い、料理人のサクセスストーリーとしても面白い、フランス料理のエヴァンジェリストとしての活動歴としても面白い、帝国ホテルのレストランを任されたビジネスマンの記録としても面白い。上記引用部にあるように、色々な人が楽しんで読める一冊だと思う。


料理の蘊蓄についても、お客さんに料理を楽しんで貰うために必要なのだと言うことが分かる。戦中の出征兵士を送る会では、必ず鮭を出す(鮭は生まれた川に戻ってくるから)。エスカルゴがあまりポピュラーでなかったときには、「人生急がず、焦らず、うまずたゆまず、止まらずということで」といった説明をしたりした。決して自慢をするためではない。もちろん、美味しい料理であることは大前提だが、それを楽しんでもらう、喜んでもらう、そういう姿勢が分かる。


日本にフランス料理を、というエヴァンジェリストの面。
今と違ってフランス料理の食材が無かった頃に、必死に頭を捻って代用品を考えた様子も書かれている。
技術を底上げするためにレシピを公開したり、TVで主婦向けの料理番組に出たり、というのもフランス料理を広めたいという姿勢が見える。


抑留中

私は「食い物の恨みは恐ろしい」と思って炊事班には入らなかった。(No.978)

という記述もあるが、一方で頼まれれば色々と腕を振るうことはあったようだ。戦争中には、総攻撃前に腕を振るってカレーを作ったら、敵が何かを察したらしく夜のうちに撤退したという話も紹介されている。シベリア抑留中も、ソ連兵のために料理を作ったりして結構うまくやっているエピソードもある。まさに芸は身を助けるの例。


少々教訓臭いが、こんな話も。

げんこつの味わいにも色々あることも分かってくる。思い切り殴られるのは、とっくに身につけているはずに基本動作ができずに失敗したとき、それにさぼったり、手抜きをしたりしたときだ。応用問題で失敗したときのげんこつは軽く、易しかった。
(中略)
暴力を介在させずに、体で覚えこませるという流儀は今でも大切なことだと考えている。(No.660)

不承不承やる人間よりも、無理にでも笑顔を作って一生懸命やる人間を評価する。これは万国、どこの人でも同じだろう。(No.967)

同じ口から出る言葉なら、ほめようと思った。楽しく働けるのが一番だからだ。(No.1387)

私はなによりもまず、「欲を持て」ということにしている。そして、もう一つの助言は、「急ぐな」である。流行に追われ、先を走りたがる若いコックが多いが、最も大事なのは基本だ。基本に尽きる。それをおろそかにして、目先の流行ばかりをおいかけていると、必ず中途半端になって、お客様に飽きられる。(No.2017)

目の色を変え、汗だくで奮闘する若者には、目をかけてくれる人が必ずいる。(No.2070)


料理人なんだな、という意味で面白かったのがこれ。
復員後、帝国ホテルに戻ったとき、総料理長の石渡文治郎氏に挨拶したが、分かって貰えなかった。そして、紆余曲折あって、厨房で働いていたときのこと。

ある日、厨房で仕込みのために野菜を千切りにしていると、総料理長の石渡文治郎のおやじさんが飛んできて、「やあ、おまえ、ムラじゃないか」と肩をたたく。
(中略)
料理人が包丁で野菜を千切りに刻む音には、その人なりのリズムがあり、身についた癖は変わらない。石渡のおやじさんは千切りの音を聞いて、それが私の仕事だと分かったのだ。(No.1094)


ビジネスマンとしても、バイキング料理を考案したり、大衆化時代の到来を予測し多くの人に料理を楽しんでもらうために冷蔵庫を大々的に導入したり、といった功績がある。オリンピックの食堂では、大食漢が一斉にやってくる事態に対応できるようシステムを組んだりしている。コスト管理にも心を砕いたようで「フードコントローラー」という食材管理部門の立ち上げなどもやっている。

あとは、1993年にフォンテンブローが閉店したのは、本当に悔しかったのだな、というのも伺えた。(月の赤字が500万。バブル崩壊の不景気の頃で、さすがの帝国ホテルもこれは耐えきれなかったようだ)


ということで、上述のキーワードのどれかに引っかかる人なら楽しく読めると思う。お薦め。