k-takahashi's blog

個人雑記用

明日を拓く現代史 〜当用現代史

明日を拓く現代史

明日を拓く現代史

未来の課題を知ろうとするには、現在の制約や、可能性に通じていなくてはならない。そして現在の仕組みや慣習、外交関係が何故このようなものであり、それ以外のものでなのかを知るには、今日に到るまでの前史を知らなくてはならない。
そんなとき、未来を切り拓くための歴史、これからの歴史を作る人々を読者とし想定した歴史が書けないかと、ふと思った。(p.18)

先月、安倍首相がインドを訪問した。その時のスピーチもなかなか好評だったようだ。
ただ、大半の日本人は、1962年の中国のインド攻撃についてほとんど知らない。さすがに安倍首相のスピーチに中印戦争のことは出てこないが、シーレーンや民主主義の話は出てくる。戦後のつきあいの話も出てくる。でも、多くの日本人がそれをあまり知らない。今後日本がどうするのかを考えようとするとき、それでは駄目なのではないかという問題意識が著者に本書を書かせたようだ。

「当用現代史」の当用は、「当座の用」に役立つという意味であり、当座の用とは、もちろん、今後日本をどうしていけば良いのかいま我々が考えるため、である。


もともとは慶応大学の院生向けの講義なので、一回分ずつちょこちょこ読んでいくこともできる。ちなみに目次は以下の通り。
第一講 はじめに
第二講 若かった日本の勢いを知る
第三講 九州が奪われそうだった頃
第四講 あなたの父親も知らない戦争について学ぶ
第五講 英国に学ぶ、米国との付き合い方
第六講 米国システムはどうできたか
第七講 ニクソン・ショックとは何だったのか
第八講 中国リスクを根元から理解する
第九講 楽観論者だけが未来をつくる
第十講 日本が変われることを知る


第三講のタイトルは、朝鮮戦争当時に共産主義者が九州に革命政府を作ろうとしたことを踏まえたもの。共産主義の脅威がリアルかつ切実なものであったことを紹介しつつ、戦後のアメリカの対日政策を説明する項目。

第四講で中印戦争が扱われていて、

戦後インド史の理解に欠かせない最も大事な項目が、日本ではまるで知らされないまま、そしてインドとの間に大きなギャップを残したままなのである。これでインドとつきあおうというのは、見方を変えると、日本が「戦後」、ロシア(ソ連)に攻め込まれた事実を知らないまま、北方領土問題を論じるような話となりかねない。(p.90)

と、注意を喚起している。


第八講では、大躍進政策が語られていて、これも日本では正確に知られていないと著者は主張している。

遺体は犬に食われたとか、人を食べた犬は目が血走っているとか言われていたが、それは事実じゃない。犬はとっくに人間に食べられていた。(p.186)

やっかいなのは、大躍進では多くの中国人が被害者であると同時に加害者でもあったということ。それゆえ、文革の事実が認められるようになると、

一方(大躍進)の事実が承認されればされただけ、他方(例えば南京の例)の数は、今後むしろ膨らまされていくかもしれない(p.212)

という構図があるという。頭の痛い指摘。


著者の谷口智彦氏は、各国の研究所の研究員などを経て2005年に外務省外務副報道官に就任(当時のインタビュー記事がここにある)、本書執筆時は大学教授で、現在は内閣審議官。安倍政権のスピーチライターでもあり、最初に紹介したインドのスピーチにも、おそらく関わっているはず。
なので、全体のトーンとしては保守系親米派の立場になる。そういう立場はともかく、戦後史の大事な部分(上述の中印戦争もそうだし、ブレトン・ウッズ体制ニクソンショックのこともあるし、米英関係という部分も)を分かりやすく説明してくれる本は少ないのでお薦め。想定読者の一つが、防衛大の理系の学生ということなので、社会系の素養が不足気味な人への配慮もされているようだ。


面白い指摘だなと思ったのが、子供文化について語った部分。

子供の小遣いをあてにする出版事業が早くも大正から昭和にかけての時期に成立していたという事実を指摘できる。なおかつ一誌で数十万部と巨大な規模で成り立っていたという事実があったという、瞠目すべき事実を知るのである。(pp.267-268)

これが戦後の漫画雑誌(手塚漫画)に通じるという指摘。そして、

少子化が動かし難いトレンドとして定着したいま、日本の子供の消費力は着実に低下していく。(p.274)

という変化の中で、子供文化をどうしていくかというのも、また重要な問題。